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2015年7月

2015年7月29日 (水)

憲法解釈変更による自衛権拡大は問題

Photo_2 新聞の折込み小冊子「毎日夫人」が時折入る。そこから孫に送りたいという一文を受け取った。作家:諏訪哲史氏の「矛と矛(左図)。ざっと目を通した。フムと感じてゆっくり読んだ。今朝になって熟読した。”いかに戦わず耐えるか”:先人の積み重ねてきたこの努力を憲法の解釈の変更で、より参戦しやすくしようとする政権への意見。
20150729_2 昭和6年から太平洋戦争に至る時代の議会と政党は歴史で学んだ。その時代の大人を想起し、今、その時のような大人であってはならないと思った。恒久的平和を孫子の世代に繋ぐため、ここに私見を。
   憲法9条の非戦の誓いの明文化は世界に類のない次元を超えた高邁な精神だ。世界中に広めたい。殴られたら殴り返す普通の国家になってはならない。国際貢献という美名のもとで同盟国と一切の行動を共にすることを許してはならない。
   好戦的な考えの生まれる背景は理解できる。だが作用には反作用。大きく振り上げれば反対側も同じベクトルを生む。北朝鮮の核開発、経済大国になった中国の理解を超えた海洋進出等に敏感に反応し備えようとしているのも分かる。
国民の生命と財産を守る為政者としての強い使命感と、焦りが今日の事態を生んでいる。なればこそ姑息な手段でなく堂々と憲法改正に取り組むべきだろう。時間がないならなお強く国民に訴えるべき。事態の変化にどう対応するのか?と、広く国民全体の議論を引き沸き起こすべきとき。 国民あげての深く真剣な議論と国民投票による方針決定。必要最小限の防衛力を持つことこそ、世界が畏れ、認める真に強い自衛力になるのではないか。憲法で誓う非戦と自衛力の装備の中での国際的活路を望む。またこの考えを広め説き、理解する人々と国を増やすことこそ、唯一の被爆国:日本の役目であり、国際貢献するリーダーたり得るのではないか。<2015.7.29記>

2015年7月28日 (火)

管理放棄地(行政区班内)

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 上左は行政区内の空地の2014年11月末迄の姿。30数年前にこの地の所有者となった方は、週末毎に車で1時間のところからやって来た。リタイヤ後の楽しみだと芋、大根、トウモロコシ等の畑に汗を流しておられた。時には奥さんや子ども連れでも。10年くらい前に畑はやめ、小さな花壇とあちらこちらに柿や藤、その他の樹木、境界にいくつかのツツジを植えられた。その後、数年は草刈りの手入れはあったものの、ぷっつりと途絶え草木は伸び放題の森と化す。3.11で垣根のブロックが壊れ危険となったので、連絡先に数回ハガキや電話でコンタクトしたが不通。この地は荒れ、近辺は鳥の被害を受けるようになる。
   区民は最小限の手当てはできるが高齢化して限界がある。そこで市役所の環境政策課に相談した。所有者と数年連絡が取れないから行政として関与してもらいたいというお願いに担当者は実によくやってくれた。電話でまた書留郵便で連絡を乞うとしたが不調の連続。数年経過してとうとう所有者宅訪問となった。3回目?の休日訪問の2014年10月家族に会えたとのこと。所有者は故人となりこの地をどうするかさえ判断は着かぬ有様。なんとか樹木伐採等は勝手次第の言質をとり当方に連絡有り。そこで区民有志一致団結。木株は残るものの見通しの良い空地へ変身させた(上右)。
今年も当然、草は成長し困っていたところ善人登場。仕事の合間合間に草刈りしてくれていて今日:27日現在伸びた草はすっかり刈られた。有難いこと。感謝。
   所有者の世代交代で事実上管理放棄となる土地の面倒は誰が見るのか?空き家同様これから大きな問題になる。区民の高齢化もあり行政と地区住民の連携で解決する手立てを立案すべきときにきている。このことを市役所へ”報書”にそえて課題と明示しておきました。<2015.7.28記>

2015年7月27日 (月)

うしくかっぱ祭り

 毎年7月末の土曜・日曜は、うしくかっぱ祭り。小学校はマーチングバンドで、中学校は踊りパレードに参加します。各校とも準備に取りかかるのは夏休みに入る前から。暑い盛りですから給水に気を配りつつ練習を重ねる。市内13小中学校は両日にわけられ出場。地元の奥野小の出番にはいつも応援に出かけます。かつての我が子もそう</font>、<font SIZE="2">バトンだったりトランペットだった。
15072630a この日の順番は、ひたち野うしく小、牛久二小、岡田小、中根小、奥野小。前の3校は児童数多く伴奏する保護者とともに長い列になります。奥野小は5・6年、それでも少数ですが堂々としていて練習時とは違っています。授業以外で見る表情は豊かで良いですね。夏休み明けは運動会があり、いつものパソコン教室に迎えることになる。低学年ほど喜び勇んでやってくる。パソコン授業は楽しみなんですね。<2015.7.27記>

2015年7月26日 (日)

学校サポートの目的・目標

 199×年秋,景気対策の一環として情報産業投資は拡大しました。国の予算認可の仕組みのタガの外れた大きな変化で、このときから学校への情報機器の導入は急速に進みます。しかし、それは直接景気を刺激するコンピューター等<b>”もの”での対策で、その使い方を教える予算は無に等しいもの。結局、一部の熱心な先生方に負担をかけている姿は、現在もなお変わりありません。
150725 情報産業に携わりこの状況を直視していた者として、何とかしなくてはとの想いは強く、自ら教える現場に入ることを決意、リタイヤ後一年の準備を経て2002年から小学校および中学校の情報教育のお手伝いをさせていただいています。教育の現場にはいってみてさらに驚きました。それは先生方の雑務の負担の大きさ。自分の認識にも甘さがありました。
      文科省を頂点とする教育行政は、実際の教育現場の現状認識に欠けている。県もその末端組織もそれと分かりつつもフォローできていないようにみえます。ここ十数年見てきての実感です。
 情報教育を通して学校をサポートする目的・目標は児童・生徒に情報機器および情報環境活用の基礎的な力を伝えること。小学校卒業時には、文字・図形・画像を取り込んだ編集ができる力、インターネットを使って正しい情報を見極めるきっかけを持たせること。それには、まず児童・生徒に教える先生を直接助ける必要があります。情報教育技術を身につけるとか、研修する時間を確保できていない現状であればこそ、せめて情報環境が整えるべき。指示する立場のものは、同時にいつでもサポートする、助ける義務も負っていることを認識してもらいたい。我が目標に近づけるため、常に上の立場を観察し、求められればお役に立つ力を持続しておきます。<2015.7.26記>

2015年7月25日 (土)

夏季休業の学校

 夏休みに入った奥野小を訪ねてみました。出張の先生方の他、全員いつも通りの出勤。そういえば2学期制になってからだろうか?夏休みとは言わず”夏季休業”と言っている。もっとも夏休みと言っても中学校も小学校も7月一杯は学習相談とかサマースクールとかで教科の強化学習に取り組んでいるし、かっぱ祭りの練習もある。中学になると部活に三者面談も。
150724_30先生方には8月に入ると専門別の研修がありまた日直もあるから連続休暇のとれるのは一般企業並みのお盆くらいのよう。自由度がこんなに低いとは。学習相談は奥野小の場合4~6学年、算数の問題に取り組んでいました。クラスに数人の先生方がおられ、まるで塾のようで、子どもたちも生き生きしています。学習環境も良いですね。涼しい。牛久市はどの学校も同じですが教室にクーラーが入っています。いまどき当たり前だと言われるかもしれませんが、近辺の自治体と比べてみると如何に恵まれているかが分かります。
玄関に進む傍らにこの白い看板がありました、”がんばろう!石巻、ど根性ひまわり5世”とあります。新聞で見たことあり。伝えて続いているんですね。すでに背丈ほどに伸びていました。ここからまた種を採って6世へと続くのでしょう。なんだか気持が温かくなりました。夏季休業の学校、ふらりと訪ねて見ては如何ですか。8月1日のサマーナイトフェスティバルはチャンスですよ。<2015.7.25記>


2015年7月16日 (木)

学校奮闘記:サポーターは見た

 最近、ゲリラ豪雨が多い。それも雷つき、短時間、局所的。昨日偶然牛久小で14時15分過ぎ作業していたところ職員室がやや騒がしくなる。何?授業中だから在室の教職員は少ないが、しきりに気にしている。すると聞こえてきた。雷雲発生。先生の一人が校庭の空を見上げ、つられてみる。なるほどこれはゲリラ豪雨だ。遠くに音も聞こえる。先生方は児童を安全に帰宅させることに最大限の気を使っている。十数年学校を訪問しているがこうした場面に遭遇したことはない。教務主任は手慣れた様子でインターネットの東電のサイト見、この雲の動きを推し量っている。当方も携帯サイトで見る。実際の黒雲とサイトの雲の位置をしばらくみて東方にそれると見た。この分なら牛久小の児童の帰路に影響はなかろう?14時35分保護者から電話有り。迎えに行っても良いか?らしい。保護者も学校も安全に帰宅するまでの気遣いはこうしたものかと知る。素晴らしい連係プレー。
150715kaigi_515時情報担当者会議のある牛久二小に向う。迎えの車は20台くらい。15時半からの会議には顔見知りの先生方続々到着。なかに牛久二中の先生がおられ"ものすごい雨だった”と、しかも小坂団地付近でパタとやんだとも。よくあることだが牛久小児童は無事帰路についただろうと安堵した。
今年1回目情報担当者会議、準備がよく今総務課で検討している計画、アンケートの回答を整理した資料。聞き取る質疑応答をみて、現場の状況・要望を参加者が共有したとみた。予算には限りのあることだが、来年の導入はこれまでにない準備が揃うだろうと期待できる。良い情報教育は良い環境から。<2015.7.16記>

2015年7月14日 (火)

学校ホームページ:J-KIDS受賞を評価

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 上は奥野小のホームページ制作から4年目の8月受賞した都道府県優秀校のシンボルアイコン。これを奥野小は最終年度迄6年連続受賞しました。2007年度は二月おくれで手直し制作の中根小も。この年度牛久市2校、つくば市3校。2008年度は牛久3校、つくば2校。2009年度牛久4校、つくば1校。以降はEXCEL表を参照(クリック後【開く】)。この受賞は神谷小と牛久二小は2008年から4年連続。2011年には新設2年目のひたち野うしく小も加わり、翌年全国大会でベスト8賞を獲得することになるサポート作業は全く各校共通です。だからトップページだけ見ると似ています。しかし第三者の評価では受賞に至らない。何故か?実はこの一次審査では、年度毎に後日公表される「評価基準」にもとづく点数制でした。それをもとに県レベルの審査会があり優秀校と県代表をきめる手続きを踏んでいるとのこと。
   サポーターとしては無理のない負担を方針とし掲げていましたから、既発行の紙ベースの諸たよりをPDF変換して発信するコンテンツとWeb日記とで、学校ホームページは合格とみていました。ただサポーターの行動原則にはもう一つある。学校長からの要請があればサポートはいとわないこと。これで受賞校には特長のある継続したコンテンツが加わっているのです。とても残念なことにこのスタイルでの発信は平成24(2012)年9月末終了しましたから今見ることは出来ません。10月からは学校CMS(GCMS)での発信。新旧スタイルの違いはいずれサポーターとして整理し課題を提示します。
   ところで、旧スタイルでのサポート唯一の感謝状が我がサポート部屋にある。それは奥野小の初受賞から3年目の2009年4月に着任されたM校長先生からのもの。8月に3年連続となる受賞通知を受け取るや自身で作成され9月に頂いたというわけ。思いがけないことでボランティアサポートの記念にしています。<2015.7.14記>

2015年7月13日 (月)

学校ホームページ:栄養士さんⅡ

20150713 以前の記事「栄養士さんⅠ」は“発信者の努力を前面に押し出そう”と思い立ち最初に浮かんだ彼女達と調理にあたる方々のこと。“ものごとの定着には3人いることの想いを深めた。
 学校CMS(以降新スタイルという)ではトピックスにカテゴリーをつけることができ、その単位に記事をまとめていわゆる特集が簡単に組める。毎日の「今日の献立」は「今日の献立/給食:特集」(クリックで表示)で表示可能。このリンク付アイコンは目立つトップページの横メニューにあるか、縦メニューにあるかの違いはあっても各校共通。
 献立予定表は予告情報だから前月末のアップ、同時に給食だよりも。その献立表も栄養士さんの特長がでる。日付・主食・おかず・材料名にエネルギー・塩分表示は標準項目だが「食育だより」があったり、地産地消を推進する牛久市の食材のときは強調表示したりカラー表示もある。
 見易さや関連する知識を加えるのは、情報を見せるにとどめず伝えるレベルへ進んでいること(参考:情報発信のレベル:みせる'>伝える→伝わる)。誰が見てくれるか、誰に見て欲しいかを想定したとき変化しする。
 奥野小には新スタイル切替え前から「日本および世界の味めぐり」と題し世界と日本を交互に、最近までは手書き今年度からワープロに変わった記事があるので紹介しておきます。
  あらためてコンテンツ発信者に伝えておきたいこと。その発信は無理なく継続できますか? 見せる内容から伝える内容に工夫していますか? そしてその発信を打ち切る勇気も、もってください。<2015.7.13記> 

2015年7月12日 (日)

牛久市域の人口・全国の人口

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 都内の団地からこの地に移り住んだのは42年前の7月。当時は稲敷郡牛久町で人口24,364人。学校ホームページ初制作の平成15年76,275人、既に明治22年比11.4倍。そして現在平成26年度末84,353人、伸びは緩やか。それでも明治22年比12.6倍
    ホームページ制作の際、我が住まいの地:奥野地区への興味で人口その他を調べてみました。牛久市中央図書館には牛久市史に広報「うしく」もある。このとき初めて全国規模の人口統計は明治22年からと知る。この年、明治憲法公布、内閣制度のもと町村制が施行され全国津々浦々中央集権行政下の町と村になったとある。それまでの統計値は?明治維新前の幕藩体制(地方分権)下の延長の数字だったらしい?この点、詳しい方に教えを乞いたい。
 明治22年の日本の全人口はなんと4,000万人牛久市域(昭和30年合併前の旧牛久村・岡田村・奥野村)の人口はわずか6,600人。それが今では牛久市域の人口の伸びは国の約4倍。 では、牛久市域内の旧村地域ではどうか? 調べると上表の通りだった(拡大版)。 我が居住地は2倍程度で牛久・岡田両地区は著しく伸びている。とりわけ岡田地区はさらに増加中、今や牛久市全体の6割弱にいたる。 宅地開発によることは明白だが、これがどういう未来を開き、また問題を抱えるのか。 実は我が居住地の伸び2倍は気にいっている。牛久・岡田両地区と異なり宅地開発はここ一カ所:小坂団地のみ。その分、緑豊かな田園風景あり、代々続く家々がある。伝統ある文化・風俗を知れば面白かろうと思っている。これらの調べは2ページ以降に少しだけ触れているのだが、産業と物流(河川・道路網)面から調べれば中学生くらいの格好の学習課題になるのではないか。<2015.7.12記>

2015年7月11日 (土)

学校ホームページ:3人の教務主任

 現在のホームページのトップ中央は「トピックス」欄、メッセージと画像で日常の様子を発信しています。画像はスライドショーも可能。平成24年9月までは小中学校のほとんどは下記のスタイルでしたHPBの「Web日記」機能を利用したもの。仕組みを準備するのは難しくありませんが実際に毎日発信できるのか?ということになると・・、継続性を望まれるだけに無理と見ていました。ところが当時の神谷小の校長(現教育長)から発信したいと要請され、翌年下根中に異動されると同様に希望。このとき実際に日記発信実務の中心的役割を担った先生が3人おられます。どなたも教務主任。.神谷小I 先生、下根中O先生、牛久二小Y先生

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お二人先行、直ぐ3人になり継続発信となりました。これが牛久市内全小中学校に拡がり今日に継続しています。この日記発信の定着はまことにお三方の功績です。
  実は平成15年の初制作(J-KIDS大賞始まり)のとき、先行例として全国都道府県代表校を見るとなるほどと頷けるもののこれは大変だな~の印象も。実際に2~3年で消えている。何故?マニアックな先生のおられる期間だけは良いものが発信するという評判。ずいぶん失礼な話。これを踏まえサポート方法を検討。学校概要といった定番コンテンツの整備から始めた。一般的な発信だけでは普通。特色を加えると評価対象に上り4年目の平成19年奥野小と中根小は同時に県優秀校に選ばれました。それからは毎年複数校が選出される自治体になり注目。良い評価に日記の発信は必要条件。見る人は変化(動き)が見えるのは楽しみでサーフィンの出発点になる。奥野小は6年連続、神谷小・二小は4年連続優秀校。二小の4年目は茨城県県代表校にも。新設のひたち野うしく小に至っては開校2年目に優秀校、3年目に県代表、最終審査に進んで全国大会ベスト8賞受賞。この年全国の小学校20,700校。日記発信の定着を先導した教務主任お三方のこと、実績となるサポーターとして感謝している。仕組みを提供できてもコンテンツを発信し続けるのは学校ですから。 つぎは市内全小中学校統一のホームページ発信方針、環境の構築と維持、無理のない教職員の負担と分担という仕組みが評価されることになるでしょう。J-KIDS茨城県の実績「jkids_ibarakiken_jyushourireki.xls」をダウンロード <2015.7.11記> 

2015年7月 9日 (木)

学校ホームページ:栄養士さんⅠ

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 写真は平成27年7月8日(水曜日)奥野小の献立。栄養士さんはもちろん食材つきのメッセージで毎日、市内のほぼ全小中学校がトピックス欄に発信しています。きっかけは8年前、牛久二中に赴任したK栄養教諭の希望。これを旧スタイルでは日記編集で発信したところ反響有り。奥野小の栄養士Fさん、二小の I さんと続き短期間に拡がりました。サポート経験で一番強く印象に残るできごと.。以来異動でも新採用栄養士さんでも皆さん続けておられ驚き。牛久市の栄養士さんの意識はずいぶん高いと自慢するようになりました。

これって、毎日写真を撮り、メッセージを書く。負担になることですが、それを続けるのは栄養士としての誇りでしょうか。牛久の給食は美味しいという評判は、校内での調理による温かさだけでなく、こうした地味な継続が職場の休憩j時間に見るというお母さん方に伝わったのでしょう。<2015.7.9記> 

2015年7月 8日 (水)

学校ホームページ:サポートの仕組み

 学校のホームページが教育委員会提供の学校CMSによって校内自立発信に変わったのは24年10月、まもなく3年。 コンテンツは、日常の様子、月々諸々のたより、年一回発行資料の3種類。これを【トピックス】、【たより】および【ページ】機能を使用して編集発信する。発信資料はすべて校長の承認済み。予定案内の月行事予定と給食献立は月末に、月1回定期発行のデータベースになるたよりは上旬に追加。年度更新コンテンツ、年間行事計画、グランドデザイン、研修計画、学校要覧等)は5月末迄に更新。ほぼ毎日発信するトピックスは多くの学校は当番制をとり、月1コンテンツは学校・学年・保健・図書・給食だよりそれぞれの先生方の発信となる。これまで3回の異動をみたが新着任の先生には経験者がフォローしているようで比較的スムースに運んでいる。

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  うしくの教育の特筆すべき事項は、市長・教育長の推進する“学び合い”。その年間研修計画と毎月の授業研修報告は重要で、トピックススタイルでの報告は標準。学校によっては積極的に研修授業への案内も発信している。市内小中学校13校の品質は高いレベル。しかし均質ではない。
   結局ホームページの品質はコンテンツ次第であり、責任者の認識がそのまま成果に結びつくことになる。現在の課題は”更新情報”’(トップページ左方の校名下表示)を必ず入力すること。<2015.7.8記>

2015年7月 5日 (日)

学校ホームページ:ベスト8賞

20150703_32003年スタートしたJ-KIDS大賞 (別名「全国小学校ホームページの甲子園」)は、国際大学グローバルコミュニケーションセンター豊福晋平准教授を中心に損保ジャパン日本興亜の後援と有力IT企業の協賛を得て、全国の小学校のホームページの普及促進を目的に10年間活動、目標を達成し2012年度終了した。
    わたしのHP制作一号は2003年の奥野小学校、以後希望校と委員会の要請で市内全小中学校に拡大、サポートの形は変化したが今に続いている。制作にあたり留意したこと、それは多忙な先生方の負担にならない発信。これを学校は校長先生指揮のもと発信、たちまち自治体としては高いレベルにあると評価された(茨城県における受賞実績はこちら(EXCEL)。2012年度ひたち野うしく小学校は全国ベスト8賞に輝く。

 業務負担の最低許容ラインを意識し固持した成果であっただけにこの方針は確信になる。現在のホームページは平成24年10月からのスタイル。池邉市長にご相談しその指示で市役所CMSを学校向けに改造、各校に提供しているGCMSで発信している。教職員の誰もが分担し学校主導で発信できるのが最大の特長。PDFファイル中心であること、コンテンツの表現に制約を受けるものの異動の多い組織で順調に引き継がれている。とりわけトピックスは日々の学校の様子で良い。
 上図の上は旧来(J-KIDS大賞ベスト8賞受賞スタイル)、下は現在の市内学校統一スタイル。それぞれ一部分、拡大してみられます(「2013-100.JPG」をダウンロード  「2015-78.jpg」をダウンロード)。<2015.7.5記>

2015年7月 1日 (水)

学校ホームページサポートの切っ掛け

 学校の手助けをはじめて14年目になる。初年度からスクールアシスタント、情報教育コーディネーターを1年兼務し、次は情報教育サポーターとなる。やることは総合的な学習の年度は1学年2クラスの3~6年をもち。先生と共同で情報教育の目標を作成した。総合的な学習時間が減り、生徒数も減り単学級になった。
  アシスタント1年目の正月明け、教頭先生苦心のホームページができた。一見してIT経験者が在席していて、このままでは笑われると作り直したのが、今に続くホームページサポートの出発点。長いサポートを通して多くの小中学校のクラス担当の先生、校長先生・教頭先生・教務主任先生および教育委員会の活動をみてきた。途中からインターネット環境担当の部門とも知り合った。一般企業と様々な違いがあるが、ICT環境については相当遅れている。学校と企業の違いだからといえない部分も多い。これまで意見表明は控えてきたが、先生方・現場はもっともっと保護者も含む関係者に理解されて良い。児童・生徒のために頑張っている先生に何が出来るか考えて欲しい。これからはこうした意見は自分のホームページに記しておく <2015.7.1記>

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