« 学校ホームページ:3人の教務主任 | トップページ | 学校ホームページ:栄養士さんⅡ »

2015年7月12日 (日)

牛久市域の人口・全国の人口

Jinkou100
 都内の団地からこの地に移り住んだのは42年前の7月。当時は稲敷郡牛久町で人口24,364人。学校ホームページ初制作の平成15年76,275人、既に明治22年比11.4倍。そして現在平成26年度末84,353人、伸びは緩やか。それでも明治22年比12.6倍
    ホームページ制作の際、我が住まいの地:奥野地区への興味で人口その他を調べてみました。牛久市中央図書館には牛久市史に広報「うしく」もある。このとき初めて全国規模の人口統計は明治22年からと知る。この年、明治憲法公布、内閣制度のもと町村制が施行され全国津々浦々中央集権行政下の町と村になったとある。それまでの統計値は?明治維新前の幕藩体制(地方分権)下の延長の数字だったらしい?この点、詳しい方に教えを乞いたい。
 明治22年の日本の全人口はなんと4,000万人牛久市域(昭和30年合併前の旧牛久村・岡田村・奥野村)の人口はわずか6,600人。それが今では牛久市域の人口の伸びは国の約4倍。 では、牛久市域内の旧村地域ではどうか? 調べると上表の通りだった(拡大版)。 我が居住地は2倍程度で牛久・岡田両地区は著しく伸びている。とりわけ岡田地区はさらに増加中、今や牛久市全体の6割弱にいたる。 宅地開発によることは明白だが、これがどういう未来を開き、また問題を抱えるのか。 実は我が居住地の伸び2倍は気にいっている。牛久・岡田両地区と異なり宅地開発はここ一カ所:小坂団地のみ。その分、緑豊かな田園風景あり、代々続く家々がある。伝統ある文化・風俗を知れば面白かろうと思っている。これらの調べは2ページ以降に少しだけ触れているのだが、産業と物流(河川・道路網)面から調べれば中学生くらいの格好の学習課題になるのではないか。<2015.7.12記>

« 学校ホームページ:3人の教務主任 | トップページ | 学校ホームページ:栄養士さんⅡ »

牛久市」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 学校ホームページ:3人の教務主任 | トップページ | 学校ホームページ:栄養士さんⅡ »