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2016年5月 1日 (日)

奥野地区の人々(世帯、人口) 1

 居住して43年の小坂団地。只今2軒建築中。一軒は棟上げ完。さて、どういう家族がやってくるのか?楽しみ。小中学校に通う子どもはおられるのだろうか?
「行政区別人口*世帯数」(4月1日付)を市役所サイトから手に入れ、毎年加工資料をつくる(こちらクリック)。牛久市の統計上の行政区は76ある。これを昔の村単位(江戸時代から現在)をもとに中分類すると、牛久地域21,岡田地域43、奥野地域12。公開されている区長数63とは一致しない。統計の方が細分化されている。その中で、岡田地域の“北部”は平成26年4月1日から“ひたち野中央”と呼称変更された。同地区世帯数1,727、人口4,216人と大規模で、人口増の中心地である。
 ここでは奥野地域(旧奥野村+向原)をより詳しく見てみる。世帯数と人口を12の行政区毎に、昭和45年(1960)から平成27年(2016)迄を表にした(こちらクリックで表示)。昭和61年は市制施行の年。表中の黄色太字は、地区毎のピーク。例えば小坂団地の世帯数のピークはなんと最近の平成26年983世帯。人口では平成10年の2640人。12行政区の人口を見ると、多くは平成10年以前にピークを迎えているが、世帯数ではおおくが平成20年以降。人口は減っても世帯数は増える。核家族ということか、少子化ということか?年代別人口を見れば分かるだろう。3tiiki_kusuuhi

 奥野地域の牛久市全体に占める割合、人口は6%牛久地域36.2%、岡田地域57.9%に比べ極端に低い。その理由は統計の行政区名でも推測可。牛久、岡田、奥野3地域の宅地開発を区名で特定できればよい。宅地開発は流入人口を生む。上の表でも行政区数は大きく異なっている。奥野地域は1箇所のみ。岡田地域は大規模宅地が多く、最近の市全体の人口増はひたち野うしく一帯(ひたち野東、ひたち野、ひたち野西等)による。
 奥野12行政区を昭和45年、61年、平成10年、16年、22年、27年度別にし、45年基準にした伸び率表はこちら(クリックで表示)。同様に45年基準にし、奥野地域合計に対するそれぞれの行政区の割合も加えた表はこちら(クリックで表示) 。12行政区の世帯あたり人口を小坂団地(昭和44年1月居住開始)と,その他行政区(歴史的な地区、但し向原は太平洋戦争後の昭和21年から?)の平均とを比べるとその他行政区の方が世帯当り人数は少し多い。3世代同居もあるのか。
 これら4つの表は、見方によっていろいろ読み取れる。学習の材料になれば幸いだが・・・。この記事つづく。

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