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2016年12月

2016年12月30日 (金)

2016年 申 : しめくくり

 明日は、もう大晦日。一年って早い。誕生したその一年は、今や10分の1程度に感じる。成長・青年期は気にしたことはない。還暦を過ぎて、人生をふり返りはじめて、一年のトキ(時間)を気にとめるようになった

 子どもの頃他人(ひと)様に迷惑をかけるな。他人様のお役に立つ人間になれ。手に職をつけよ、と頻繁に言われて、小言に聞こえた・・それも、学生からは教え、今は思い出の母の言葉。教えは、途中一つ加わる。決して保証人になるな!実印を押すときは慎重に。これは、我が家訓で、子どもたちに伝えている。

 1945年:終戦の10月、身重の母は、兄(中1)・兄(小4)・姉(小3)・私(4歳半)(小3姉の背の)(1歳4ヶ月)の5人を守り江景(現韓国)から引揚げてきた。最後の招集で兵になった父はいない。ほかの生活も浮かぶその地から(上下二段区分の)貨車に詰められた人々と一緒に(釜山)港に運ばれた。途中の原ッパでは停車し炊飯した。引揚船(後年、徳寿丸と知る)乗船時の海面の見える狭く揺れ動く桟橋や航行の飛沫、上陸した博多港で初めてみる外国人進駐軍)。寄留先の朝倉郡甘木で末妹誕生。納屋や川も次々思い出される。

 1965年(5市合併→100万都市:北九州市誕生)の上京迄、無法松の一生で知られる小倉に住んだ。松本清張の出身地、今は城内に記念館がある。高杉晋作の長州軍と戦った主力の小笠原藩(譜代)は、この小倉を居城とした。城下町であり大手の工場があり、なんと炭鉱もあった。当時の石炭は重要なエネルギー源。戦時中から食糧事情は良かったらしい。一家8人家族移住の決め手。ほどなくエネルギー政策は変わり石炭産業は斜陽になる。父は母の従兄の会社に移る。母はどう才覚したものか近くの古い家を購入。表を改造し裏手に煉瓦とコンクリの耐火倉庫を造って質屋をはじめた。小3のとき朝鮮戦争(1950年)勃発。近くの城野キャンプの米軍が最初の国連軍として韓国へ。出動直前黒人兵の脱走騒ぎあり。小倉港は物資搬送の基地になる。
落盤事故に争議も頻発しはじめたそんなある日、父は社長になった。事務所に行き社名看板をみた。社員の運転するジープで耶馬溪にもいった。だがその直後、社員は消え、事務所はもぬけの空。詐欺グループによる計画的な犯行。ドッキリではない事実。怖い取り立てがやってきたのは小6の秋だ。負債総額(今に換算すると)1.8億あまり。一挙に窮乏生活になる。絶望し思い詰めた母を激励したのは大学生の長兄、即休学し駐留軍キャンプで働きはじめる。次兄は大学進学を断念し公務員に。姉はアルバイト、自分は新聞配達。保証人どころが、担がれた社長であっても一切の責任は父になる。そんな家族の大事件の思春期に世の中の大人には、悪人のいることを知る。悪徳弁護士もいる。今なおその名は大嫌い。

 退職届を提出しオンライン情報検索システム開発中の10ヶ月間に、6社から誘いを受けた。そこから、あえて大企業ではなく、生保のそれも、できたての子会社に決めた。その理由。新規事業で任せて貰え、制約が少なそう。資金の心配はまったくない

 ふり返りすぎた。いったん止め。このところ牛久の学びやコミュニティ・スクールに関わり、知人が増えた。これからは自分を知ってもらう必要もあろう。まずは、地方での暮らしから知ってもらうことに。4_50_3業務経歴は、ホームページの奥深くにあるが、少年・青年期のことは、どこにも記していない。家族にさえ話していない。されば、この機に孫たちのために残しておくことにする。子どものころから、卒業・上京までの小倉での生活そこで身近に起きた争議・事件、60年安保、三井三池大争議(炭労と日経連の戦い)を見聞きし、脳裏に刻んだ。労使双方のトップの人物の真の姿も、父を通じて知った。我が精神の背骨はその地でその環境でつくられた。いまは出来ることをできるだけに絞ったふるまいだが、さて今後どうなる。少年の頃の写真は卒業式アルバムのほかは、この(小4)一枚しかない。兄姉弟も同様。写真は長兄(高校時代)の友人が、見下ろして覗くタイプのカメラ:リコーフレックスで撮った。セピア色からスキャン、修正なし。

2016年12月27日 (火)

学校語、あらかると

 一般人には馴染みの薄い用語が学校にはある。専門語?業界語の類い。ここでいくつか紹介。
 「板書」。バンショという。授業の中で黒板に書くこと。こんないい方とは知らなかった。昔は、本当にだったが、いつの頃からかになって広く普及。でもコクバン。目に優しいらしい。チョークをつかうがあまり粉が散っているのを見ない。マーカーを使うホワイトボードもあるが案外汚れる。サイズにおいて黒板には遠く及ばない。そして、今や電子黒板。文科省のICT化3指標(無線通信、タブレット)のひとつ。牛久市は県内でブービー。そのかわりかも知れないが、数年前に大型印刷のできるプリンター?が入った。パソコンで作成し、そのプリンターのようにつかう。これは便利。Photo_2授業で先生方は多用している。大きい文字で印刷したマグネット付資料を黒板に貼って使う(繰り返し使用する資料は板書より手早く貼れて綺麗)。低学年の国語の利用に多く見受ける。右図は奥野小1年。教室側面に常設掲示の国語の文章に若干の手を加えた資料。
Photo 「立腰」。リツヨウという。電子辞書で一発変換は無理。新語登録する。腰骨(こしぼね)をいつも立てて曲げないようにすることにより、自己の主体性の確立をはじめとした人間形成を実現する、極めて実践的な方法と、哲学者・教育者である森信三(もりしんぞう)先生が提唱されたされたとある。市内どの学校にも、その椅子は置いてある。ちょっと特殊な形。今回あえて座ってみた。背筋がピンと伸びて気分爽快。授業を受ける姿勢として望ましい姿勢と、うなづけるが学びあうグループ学習のときは、どんなものか。心がけ次第か。神谷小学校には、座り、膝をつけ、足もとの開く角度を示すものもあった。
 「居場所」、イバショという。ウッ!?とつまる。聞き慣れない。学校・教室における子どもの居場所ということ。会社で、認められるているのと同義。認められていれば、その人にとって安心を得る場。居場所。子どもだって同様に居場所は必須。以前は、あの子は、頭が良い/スポーツに優れている/絵がうまいといった目に付きやすい大ざっぱな尺度で人を見た又は見られた。そんな見方は牛久では時代遅れ。学びあう授業を通して、細かく様々な分野で認め合っている。誰もが何かを友達に認められていることで居場所を得ている。授業が理解できないから・面白くないから教室を抜けるということは今はない。荒れにつながらない。市教委の今年の目標には、この居場所づくりと高い学びの保障をあげている。

 「一斉授業」。イッセイジュギョウ。当然読めるが馴染みはなかった。授業改革と呼ばれる学びあう授業の浸透で、対語として使われてきたのではないか?一斉授業は、我々が経験した長い伝統のある学び方。教師は教壇にたち、それこそ姿勢を正させて、もてる知識を単元に沿いイッセイに伝授していく。教え方も先生次第。当然、理解の早い遅いあるいは理解できない内容はそのままになることままあり。でも試験、点数で評価される。団塊世代2世のころからか、荒れる学校が多発した。授業の方法を真剣に見直し、考え、研究し抜き、実践された方がおられた。佐藤学先生。その長く真摯な努力に、教壇に立ち苦悩されていた現場の教師が共鳴して、より授業法を工夫され、いまに続いている。一斉授業とは真逆な授業法だけに反発も。形だけ採り入れた例も。牛久は違う
 ついでに番外編。子どもの言い方分類。幼稚園・保育園は園児。小学校では児童。中学校では生徒。高校も生徒?大学・専門学校では学生。これって役所の分類でしょう?親から見れば、みんな子ども。だから、本記事では”子ども”と”学生”のみになるかも。
 

2016年12月24日 (土)

クリスマス・イブの思い出

  クリスマスカード 「jaxchristmascard5.exe」 ほぼ20年前のこの日、思いがけなく彼からこのカードがメールで届いた。X_9その後、知らぬ間に肺ガンを発症し定年を迎えることもなく去る。カードの作者は不詳。当時としては超珍しいアニメーションに出会った彼が、柄にもなくプレゼントを思いついたのか。ご覧頂きたい。次の手順で。1行目クリスマスカードの右をクリック(ダウンロード)し、画面下の表示から【実行】クリックすると展開し封書が現れる。画面一杯になり、画面を小さくしたかったら Esc 。では、手順。封書のスタンプクリックし、以降 Enter を順に押下。終了はQuit

 彼は、卒業後最初の職場の3年後輩。彼自身がプロデュースし、ある大手企業と共同設立した会社に完全移籍するまで、ずっと一緒だった同志の一人。
 そこは、科学技術文献の速報誌を発行する半官半民の団体だった。国の予算(特別会計)と密接な繋がりがある。 今年のそれ”29年度予算の閣議決定”は早いが、当時は大晦日ぎりぎりまでつづいていた。28日の納会の傍らでは、大蔵省への説明と資料準備と持ち込み待機に明け暮れる予算グループもいて、コンピュータ関連の時は駆り出された。

 世は高度成長に向かいつつある時代。資源のない日本は、世界中に出てくる第一線の技術を知り、学び、研究するべく、文献を集め、企業や研究所や大学に、そのダイジェスト情報を速報誌としてながすのが組織の役割。最新情報を国家として強く求められ、新技術開発に官民挙げて取り組む沸騰の時代でもある。英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語等の論文やプレスリリース等。これらを収集し、電気、物理、化学といった専門分野毎の情報員(大半は修士,博士)が、文献を選別、国内の大学や企業の協力者に翻訳を依頼。戻ってくる初稿は、再び情報員の手で原文と照らされ原稿となる。それを和文タイプライターで一文献毎にカードにし、分類編集し、リストマチックカメラで撮って版下を作り、印刷所に持ち込む。収集から発行まで半年もかかる。速報誌とはいえない。もっと速くと産業界の要請は強かった

 その頃のコンピューターは、英数字・カタカナ文字・一部記号に限られていた。コンピューターで編集し、速く発行せよ、との理事長の号令で、コンピュータによる漢字処理の開発は始まった(1968年)。果敢な挑戦に俄然沸き立つ電子計算機室。残業代のつく/つかないなんて気にしない。日本のためという高揚した使命感。先輩は日本(漢字かな混じり)文を出力できる装置の開発に着手。世に傑出したエンジニアはいるもの。その人たちとの共同開発となって改良を重ねて実用化へと進む。並行して情報員の原稿をもとに、新聞社で使用していた漢字テレタイプライターを使ってテープをつくり、その紙テープをコンピューターに入力、雑誌形式に編集し版下を作ることになる。今に続く文献速報誌のコンピューター編集の実用化に当たったのが我等。現在のパソコンの性能に遠く及ばないころ、一晩で版下を作るのは至難なこと。実は、先任の担当者がいた。が、海外に行くと言い残して消えた。我等はその後任。期日までに実用化レベルに達し、大々的な記者発表となり、NHK夕方のニュースで世に出たのは1970年。いらい漢字を扱える先端のエンジニアとして注目を浴びることに。

 速報誌の文献情報は貴重な情報として蓄積される。それらから求めたい情報を探し出す情報検索へと技術開発(システム開発)はすすむ。彼はオンライン検索(今やyahoo等で当たり前)プログラムの作成で非凡な才を発揮。こうして日本で最初の漢字処理と情報検索技術、二つの先端キィテクノロジーを身につけ、民間でやってみたいと決意し退職を申し出ると、なんと彼も同じ日に提出する。もともとは、国家プロジェクトに準じた開発に携われたことによる幸運。担当理事から”オンライン情報検索のプロトコルを仕上げれば”との条件付で一年後、二人は恩ある組織を卒業(担当理事,送別の言葉)。そして1972年2月、オーナーの傘のもと新規事業を立ち上げる。二人からの組織作り。今で言えば起業に相当するが、このことは、いずれ。

2016年12月23日 (金)

年末の話題:一中,二中

 22日は全校集会。冬休みに入る。牛久市は2学期制なのでこういい、集会の他の授業は平日と変わらない。年明け全校集会は10日。勤め人にとっては最も短期間の正月休みだが、子どもたちにとってはもっとも長い冬休み。21日、数校訪問。
161221_2 二中玄関の靴箱のそばに、背丈ほどのクリスマスツリーがあった。なんと短冊の全ては、英語で「I want to run fast .」のように記してある。今月初めの6日(火)と7日(水)、ブリティッシュヒルズに行った。その成果?そんなことはあるまい。が、思わず笑む。

 一中、大竹校長に報告に立ち寄った。すると「今、東大院生に授業を・・」と。ひょっとして彼女?唯根教頭先生に案内された2年3組にその人、大庭さんはいた。授業は「交流会」と題したキャリア教育。9月30日の下根中のときは、3学年全員に体育館でのお話。そのときが初見だが彼女とその仲間は、ひたち野うしく小、中根小でも対話有り。その後、奥野小、同日曜カッパ塾と、この地:牛久に数回来てもらっている。161221_1
一中はなんとクラス単位のお話。既に3学年はすませたという。この日は2学年4クラス。3・4時間目に彼女と柏原さんとが分担して、自己紹介にはじまり、”いまの夢・目標”、”中学生のみなさんに伝えたいこと”まで、自身の経験を踏まえた話。用意が良いなと感じたのは、担任の先生は、前もって生徒達の質問をまとめて送ったようだ。話が伝わり易く整理されている。彼女の話はきっと一つひとつ、子どもたちの内面に刻まれたに違いない。Photo_2教室には、途中入室だから一部を聞いたにすぎないが、おそらく中学校のころの話題もあったろう。Photo_3高校大学1,2年3,4年、現在(院生)と区切って、そのときそのときを語り、質問には、締めくくりに回答していた。3年生授業の時に質問をうけ印象的だったという「努力は報われますか?」、その回答には「努力したものが全て報われるとは・・・」。彼女自身、数回希望する分野が変わったこと、夏休みを利用して大学のオープンキャンパスを体験、挫折を味わったことも。
Photo_6今回のこの授業。2学年の今どき:12月は適切な時期ではないか、とふと思った。各自進路に揺れ動く?このタイミングでのこの話の効果は、生徒の生き生きして聞き入る表情でよみ取れる。Photo_7保護者は直接お子さんに、この日の話を聞かれるが良い。回答の続きを求めて

 染谷教育長は、下根中の学び合い成果を卒論にということで27年に知り合った東大生大庭さんとのこのご縁、後々(後輩)までつなげて欲しいと、希望し要請されている。手も打たれている。教育は、学教科の他、人の縁によるサポートも子どもの人生に寄与するだろう。年齢の近いお姉さんの経験談は生きる。牛久の子どもたちの助けになってくれる学生さん、もっと増えてほしい。
註)昨日22日、彼女から返信を頂いた。それには対話時の資料も添付され利用の許可もあった。早速一部を初稿と差し替えた。全16ページのこの資料、有効に活用したい。

2016年12月22日 (木)

うしく男・女フォーラムに

 牛久第二中学校吹奏楽部・おくのウインドベルズは、8月20日のエスカードでの披露が評判を得て要請を受け、ほぼ一月先の牛久中央学習センターステージに登場・出演する。 
日時:1月21日(土曜)13時から。メインテーマは「うしく男・女フォーラム2017」とチラシにあり、「男・女」は「ひと・ひと」とルビがふってある。いいですね。「ひと・ひと」と呼べば性差なしの一体感。この時代の原点でしょう。 彼ら彼女たちの出演は13時半からPhoto
 チラシには、-世代を超えて育もう かけがえのない命と生き抜く力-<男女共同参画の視点>と副題も。奥野ですすんでいる日曜カッパ塾は、昔からつづく奥野地域の世代間の一体感を今再び表舞台に、というもの。二中吹奏楽部出身者は、少子化で、少人数になった後輩たち二中吹奏楽部の活躍する舞台を、おくのウインドベルズを編成することで、応援しようとした、と聞いている。当日、彼ら彼女たちの応援と合わせて、フォーラムを楽しまれては如何?15時半の終了。役に立つ話を聞けますよ。
 アットフォームなしらべを奏でる彼ら彼女たちの応援をかねて中央生涯学センターに行きませんか。なお、入場料は無料。多目的ホールでは、市民団体・企業・商店による展示・販売もあるとか。二中校長、市民活動課にも確認したので、みなさまにお知らせする次第。

2016年12月20日 (火)

このデザイン変更

 今日は年賀状の準備でした。自分の分と家内の分4種の計5。昨年投函の2016年版年賀状には「誠に勝手ながら来年からはホームページ上でのご挨拶に」とお断りしました。ハガキ印刷ではないものの同様につくる。この一年を振り返りメッセージに、イラストは申から酉へ。このSNSとホームページの大晦日にアップします。SNSも。
 問題は、昨年知らせた賀状のURLから、この春サイトを移転したこと。というわけで、この際、発信はじめから利用した基本デザインを変更し、本文表示部を増やすイメージチェンジ。Web賀状にするよ、という予告でもあります。印刷をやめるのは終活のひとつ。そのときは、役目を終えた忍者のように消えるつもりなので。家族に手間は残したくない。
我ながらまったく勝手ですな。みなさま悪しからず。所詮そういうわたしです。このように発信しておけば、デザイン変更の日の記録にもなる。なんとムシの良い。
URL HP「奥野の郷」は http://u-okuno.my.coocan.jp/ ブログは http://okuno-no-sato.cocolog-nifty.com/blog/
ブラウザー検索では「奥野の郷」で十分出現。「牛久市」を加えればさらによい。
 新年に賀状を頂いた方には、メールアドレスがわかれば個別にメールを送ります。わからなければ諦めます。ご免なさい。

2016年12月18日 (日)

牛久市議会傍聴記2

<牛久市議会傍聴記1からのつづき>

4)税収増もあった。なかには大きな寄付金もあった。話題のふるさと支援税もあり、その使途の質疑もあった。今後も傍聴を続けていけば、広報うしくで知る以前に知り、ホームページ以外で、いち早く得られる情報もある。そうだった。Goodニュース。奨学金は、年間7.2万から12万と大幅な増の答弁あり。市長は教育に熱心と聞いてはいたが、新中学校建設に限らない。

5)そういうものか?というのもある。うまく聞き取れていないかも・・。6号国道にそった下水道工事は、国交省の認めが必要らしくその返答待ちとなり、今年度実行にうつせそうにない。そこで予算手当してある6千万?を、年初に割り当てられなかった数箇所の工事(事業)に振替実施する、といった議案説明があった。あっさり通過する。若い頃、国の予算に携わったことがある。当時は認可予算から実行予算を組む。人頭庁費等流用制約のある科目もある。会計検査院による監査も受ける。要するに簡単には予算科目の付け替えは許されなかったが、今回は科目の付け替えでなく、下水道工事としての事業内容の振替?だから、常任委員会に提案し本会議で承認されれば実行可能ということのようである。工事を待つ市民としてはこの対応は頼もしくもある。但し、工事着手順は予め知りたいところ。そうでないと、声の大きい地区や執行部の意思で(恣意的に)運用されるケースも生まれよう。いつまでも待つ地区の市民には不満もでる。

6)委員会の質問を聞いていて、無視できなきなくなった議案もある。議案58号「土地取得について」(田宮西近隣公園整備事業に一部が関係する土地の取得問題)。8月に議員全員に弁護士事務所から内容証明つきの文書が前市長名で送られてきたという。穏やかではない。この経緯も伊藤議員のブログにあるこちらクリック。6月定例会でこの議案では珍しく継続となったものの、9月定例会まで担当する産業建設常任委員会は何ら活動しなかったという。9月の委員会で催促?され、10月12日と11月8日の2回、臨時委員会を設け傍聴もした。それでもさっぱり要領を得ない。長い期間の事業であること、担当者も異動していること、曰わく言い難きことがあるようで、質問委員と執行部答弁とが、かみ合っていない。面倒なことになったという印象を受ける。そして12月14日の委員会で、質問の一部は明確(眺望台場所)になったが、執行部に準備のない事項もでた。それ故今回も、産業建設委員会では議案継続となったが、本会議ではその継続とする案を否決し、議案(当初案)を多数決で議決した。一般傍聴人としての受けとめは、産業建設常任委員会で質していた事項は、この事業は是非にも推進されたいという前提のもと、①全ての議員と執行部(副市長)に送られてきた当該文書に対する執行部の見解と、②この土地に絡む雨水排水工事の決定プロセスを明らかにして欲しいというもの。質問委員側には、曖昧に終わっている小坂城趾のようにしてはならないという問題意識があり、議会として襟を正したいという発言もあった。この件、機会があれば尋ねることにする。聞ければ発信する。

 人口8万4千人の小都市の市議会活動はどうあるべきか、不勉強で不明。でも一部を除き、健全な方だと思っている。請願の有効性は見えた。今度は議員による議案も見てみたい。

<この記事 おわり>

牛久市議会傍聴記1

 平成28年牛久市議会定例会は3月から四半期毎開催。12月は第4回。これまでも、初日(開会~議案上程~休会)や4日後の一般質問(3日間)の一日だけの午前、15日目の最終日(採決~閉会)は議場で、教育民政常任委員会等は会議室で傍聴してきた。平成26年夏”奥野学園構想”が聞こえてきてからのこと。市に期待する事項は、いったいどのように(成案・審議・実行)運ばれいくのか?知りたくなった。中学教科公民の時間の延長感覚で、実地見学として市議会議員の活動ともども観察することに。Image_2教育民生常任委員会は数回傍聴している。他に総務&産業建設常任委員会もあり、今回はこれらも加えた。結局、第4回市議会定例会日程 は初日(12月2日)と一般質問(市のHPに「議会中継:WEB版」あり)6日午前、常任委員会は12日の総務、13日の教育民生、14日の産業建設、そして13日の最終日採決を傍聴。今回の議案次第は伊藤裕一議員のブログに既に整理アップされている(こちらクリック)。以下、これまでの傍聴も含め、簡単に印象を記す。

1)定例会は年4回(会期:15日間/回)議場。傍聴席からは議長と執行部(市長ほか部次長)を見るが議員は見えない。大型スクリーン設置とは聞いてはいる。今回、一般質問に立った議員は19名。質問に対し用意した答弁では、内容は濃いようだが冗長に聞こえ退屈してくる。再質問のあるときは、その対応で部次長の活躍となり、真価も問われる。むろん市長答弁もある。

2)常任委員会は会議室。傍聴人する議員は見るが一般市民は少ない。執行部は課長を中心に提案し答弁する。異動直後でも引継ぎが良いのか総じて及第点にあり好印象。ただ委員(議員)数人に対して、関係する部次長&課長だから大人数で壮観。初めての時は、”このコストに見合う成果ありや?”と見たが、今後の市政を担う幹部の方々と思えば経験を積むよき機会。質問する委員は、公平で公正な行政の執行を質す義務を負う議員だが、活発な委員はごく一部、最後まで一言も無しという委員もいて、あれっ!って思う。国の法律等その他の変更にともなう補正予算議案は多く、長い時間を要す。企業なら日常の業務監査事項。役員会には総括報告するレベルに見える。常任委員会には一般市民も関心を寄せるが良い。議員と執行部に緊張感を増せるだろう。リタイヤ後の時間の作れるものの役目かも?

)9月に求めた”小規模校への送迎の請願”は今回(12月13日)市長よりGOの発言があった。意外に早い実施方針決定。就学を検討される保護者にとって見れば、具体案をもっと早く提示してもらいたいところだろう。執行部は全力を尽くしているとみたいが。

<牛久市議会傍聴記2につづく>

2016年12月15日 (木)

奥野小12月の玄関

 このところ12月牛久市議会定例会に、多く時間を割いている。もちろん短時間の学校定期巡回の他、中根小、下根中、二中の公開授業からそれにつづく校内研修への参加も欠かしていない。今回も新たな面識を得た。授業者とその授業を見た先生スーパーバイザー、3者による指導研究の場にも席を得て、それぞれの発言、意見交換も拝見した。それだけに、先生方の取り組みについて、お伝えたいことは山ほどもある。必ず発信するので少々お待ち頂きたい。
 本日(15日)は、年内最後のパソコン授業。奥野小の1年と2年。喜び勇んで・・それでも先生と共に粛々とPC教室にやってきて、俄に満面に好奇心を浮かる子どもたちを迎えるのは楽しい。Photo_3その奥野小の玄関脇にはクリスマスバージョンの飾り付け有り。図書司書と5年生と協力者多数によるディスプレイ。先週の土曜カッパ塾で、ある講師から「綺麗に飾ってありますね。素敵!素敵!」と賞められた。あらためて本日も撮してみた。右側にツリー、左側のサンタ。中央壁には奥野地区のマップに5学年が調べたこの地の歴史が、短冊付きで載っている。いくつかのプレゼントの傍らにはお薦め本に推薦者とそのつづり。奥野らしく英語の本も。
 さて、授業。812時間目は2年生だった。電子ノートにテーマを持って描きそのノートを電子掲示板にアップした。それぞれのノートを次々に見ながら話を聞いた。どの子の作品にも発見がありそれを話すと、はにかんだ顔。それも良い。3時間目は2回目の1年生。復習気味に進めてみたが、覚えが早く順調。次の時間には、当初からその日の課題に入れるだろう。お子さんは確実に成長していますよ。パソコン先生が喜んでいたと伝えてください。
 気持ちよく授業を終えた奥野小玄関左の壁には「笑顔いっぱいおくのキャンパス」とあった。意識して廊下を歩くと、ちょっとした工夫があちらこちらに見られる。授業参観の折に見て頂けたろうか。Photo_6

2016年12月13日 (火)

バス運行実施決定

Qchan 本日(13日)10時から行われた12月牛久市議会教育民生常任委員会冒頭根本市長から次の発言があった。その要旨はつぎ。
 「小規模特認校の送迎バス運行については、29年度4月から市の直営で行います。詳細な運行計画については、就学を希望する児童・生徒たちの実態をふまえ十分検討し決定します。」と。
 小規模特認校とは、おくのキャンパスを構成する奥野小学校と牛久第二中学校のこと。本件については、強い関心を寄せて傍聴を続けていただけに、この発言に注目しました。関係者に確認したうえで速報しています。現段階ではこの発言をもって執行部の前向きな誠意と受けとめます。なお、詳細計画は、常識的に見て3月議会には発表をみるでしょう。運行方法、その場所等に十分な検討を要することは当然ですが、可能な限り就学する子どもたちの利便性の実現に向けてなお一層の努力をお願いいたします。<奥野小学校学校評議員S.H>

2016年12月11日 (日)

料理教室:奥野日曜カッパ

 奥野の日曜カッパ塾。昨年に続き、今年もその日がやってきた。一週間前の12月4日の日曜。会場は奥野生涯学習センター調理室。地元のさつまいもを主役に、いつものおっかさん方が指導してくださる。そのメニューは右図。Photo_3 さつまいもの蒸しパンドーナツ白玉だんご入りフルーツポンチに、さつまいもの炊き込みご飯わかめスープ。なんとも豊かなことになっている。時間内にできるかな? 年中や年長さんも加わる親子連れ30名弱の参加。19時15分から説明、直ぐに4つの指導者付き調理台に分かれ調理はじめ。なるべく先輩は手控え、子どもと親に任せる。見て食べるだけの大人も数人。奥野小青木校長は激励に訪れる。なかに、牛久の学び合いの成果に着目し2年前下根中を訪問、インタビュー&調査し卒論に仕上げて、大学院に進んだ学生さんもいたが・・いつの間にか調理に参加。今年夏休み前後、この方とお仲間の数人、ひたち野うしく小中根小保存版下根中一中の全児童/生徒にキャリア教育に関連した体験談を語り、生徒の質問にも応えて頂いた。東京大学教育学研究科 学校教育高度化専攻 学校開発政策コースとやらの舌を噛みそうな研究に取り組む学生さん。親子連れのこうした地域の行事は未体験とかで参考になったようだ。(註:前述の4校はクリックすると関連資料表示)
 よくしたものだ。多少失敗しそうなことがあっても、2そこはベテランおっかさん、丁寧にフォローする。包丁使いは見ていてちょっぴり心配、でも慎重に進む。助け合いもある。真剣さも見る。23白玉作りは丁寧に。食器室からの道具やお皿や小鉢等持ち出しにもなれてきた。楽しそうな男の子・女の子。12時を少しまわったが、完成品は食卓テーブルにのりはじめた。3これから大試食会。4デザート付きとは豊かな昼食となった。子どもの「いただきます」の唱和で炊き込みご飯からいただいた。小さめのサイコロ状のさつまいもは美味かった。紅あずまとか。戦後間もない子どもの頃の思い出が甦った。お米よりさつまいもの方の目立つご飯だったが大違い。これならいつでも大歓迎。蒸しパンにドーナツは、おやつに最適だ。孫が来たら腕をふるうか。石田さん作レシピはこちら(クリック)。「ごちそうさまでした」で幸せ気分にケジメつけて後片付へ。洗い物多数、拭き取り食器も多数。食器は棚にしまい、椅子の収納もみんなで分担。床の清掃も手際よくおえ、気分良く解散。次回が待たれる。

2016年12月 9日 (金)

おくのキャンパス:続報

 おくのキャンパスオープンキャンパス案内にあるが、11月21~25日はその一週間だった。20組弱の来校者をみる。3回来校された方もおられる。在校していて直接応対できたのは5組。イングリッシュ・ルームから開始する。「この学校の一番良いところは何ですか?」と率直なご質問を頂いた。「全児童の顔の見えることです」と即答した。15年サポートしているが自信を持って言える。250名くらいまでなら、どちらの学校も同じだろう。現在、教職員の誰もが全児童の顔と名前とその性格を知っている。児童同士も同様にあるにちがいない。このアットホームな雰囲気がおくのキャンパスのベースに根付いている。奥野地区の特長でもある。
 来校者の聞きたいことは、牛久市内の全児童・生徒に配布したパンフにもある5つのポイント、なかでも”充実した英語教”にあろう。学校としては”もっと多く魅力はありますよ”と、案内したいところ。確かに小規模校に関する国の予算を得て増配できたALTの効果は大きい。従来と合わせると奥野小、牛久二中でALT2名の常駐。このネイティブお二方を両校長の話し合いで、午前:二中、午後:奥野小に配置した。両校、隣接しているから可能なことでもあるが、お二人とは昨年11月からのおつき合い。まだ一年に過ぎないがその熱心さに感謝している。外国語教育は人物。
 56_210月の初め、日本教育新聞の記者が取材に訪れ17日の記事になった。このとき、ALT派遣元のインターラックの担当者もお二人おられたと、後に知る。左図は同社の月一回発行?の12月号の見だし部。今週初め、市教委で放課後対策課に在席されている前奥野小校長から見せて頂いた。プロは違う。お二人のおくのキャンパスでの活躍をキャンパスそのものを的確にとらえて紹介されている。そこで、同社に引用をお願いし承認を頂いた。スキャンしたのがこちら:PDF10MB(クリックで表示)。A4サイズ2枚、初回ダウンロードに少々時間を頂くが是非ご一読頂きたい。
 今年3月に空き教室を活用して開設できたイングリッシュ・ルームは、小更先生のコーディネートのもと、市教委とALTお二人の協力でドンドン変わった。小規模特認校になった奥野小、このところ来訪者が一層多くなった。その際、研修室よりもこのルームで案内をはじめる。ただ開放しているのは、お昼休みの15分。評議員としては勿体ないなと思うが、そこは学校にも事情あり。ともかく、29年度からは正式に市内どちらに居住していようとも、就学を希望される児童・生徒たちはこの環境で学べる。今一度、案内パンフをご覧頂きたい。両校のホームページにも案内ページがある。奥野小はこちら、牛久二中はこちら。両校の「学校だより」も是非ご参考にされるとよい。<奥野小学校学校評議員S.H>

2016年12月 7日 (水)

一中混声合唱団 快挙!

 牛久一中混声合唱団、10月30日に行われた全日本合唱コンクール中学校部門混声合唱の部において銀賞受賞。(大拍手!)Photo_5関東地区9県の代表である。Photo_3ネットで知ったがフェアな選考。Photo_4昨年のN コン(NHK全国学校音楽コンクール)全国大会も銀賞を受賞。これはEテレで11校すべてを見た。そのとき、出場校の学校紹介も流れ、一中メンバーは他の部活もやっている有志であることを知る。”そうか、そうだったのか、ガンバルなぁ~”と感激して、昨年10月12日の本記事に採り上げた。昔々の高校生の頃、科学部だった。当時母校で、全国的だったのは合唱とハンドボール。指導者は元全日本代表とか音大卒とかの噂だった。毎早朝の発声練習冒頭のメロディは、未だに耳にある。それゆえか合唱を聴くのは好き。会場に足を運ぶほどではなかったが、家内が市民のコーラスに加わってからは、秋の発表会(市民文化祭)には中央生涯学センターに赴く。その後、市の小中学校音楽会にもサポート校児童の出場には行くようになった。但し、時々。その理由。開催日を知らない。広報にあるのだろうが目にとまっていない。今年も残念なことにそうだった。学校には頻繁に行っている。だから、その情報をキャッチして当然だが、学校は保護者向けには案内していても市民向けにはない。
 最近は、市内全校のかっぱパメールをPCで受信し、知るようになった。今回の一中混声合唱団の全日本合唱コンクール出場前後の動きや当日朝の練習もそれで知る。11月11日の根本市長表敬訪問も知ったがその日のその時間、先行予約(サポート上先行予約優先にしている)があり残念だった。今年度の会場は四国、高松。この高松、ちょっとした縁あり。現在、高2の孫が中3の時バスケの関東代表になって全国大会に進出した。代表はトーナメント戦だから突然決まる。決まって予約にはしると既に高松の宿は満杯だった。結局、岡山に前泊し瀬戸大橋をJRでわたって応援した。あっさり1回戦敗退。一中は銀賞、大きな差。
 最近の「広報うしく」月初号は、ずいぶんおしゃれになった。表紙(顔)に引きつけられる。時季や話題を採り上げるレイアウト。二面からのコンテンツは、大きい情報から街の情報へと展開する。だから目が進む。自身、関心の薄いところはスルーしながら見る。うっかりキャッチしかねることもあるようだが・・。12月1日号の裏表紙は、全面一中混声合唱団情報。嬉しくなったので発行元市民活動課に引用の許可をもらった。ここに載せておけば我がメモリー、なくすことはない。もちろん牛久市役所HPの12月1日号にもある。但し裏表紙だから「まちの話題」PDFの5ページ目。お見逃しなく。写真はそこから拝借。チャンスを見つけて、そっと練習風景を訪ねなければ。<牛久市教育委員会 情報教育サポーター>

2016年12月 4日 (日)

文字入力授業:余談

 前回、前々回記事で今年度の3学年:ブラインドタッチ入力授業を紙上再現してみた。授業機会の少ない現在では、基礎を教えるレベルと若干の練習にすぎないので、習熟差が生まれる。そこで、配布したパウチの教材をご家庭でも使ってみることをお薦めする。
 授業時数の多かった昔は、3~6学年は毎週、1・2学年は11月以降同様だった。その頃は、学校用ソフト:スタディノートを中心にワード、パワーポイントを使い、文字、図、静止画の入力からその配置、表現、発表等、高い技能に導けた。6学年卒業時には、A4サイズ一枚に6段編集した児童各人作成の「自分新聞」(イラスト、写真、書体、飾りをつけて作成)をCDにして贈った。一年に一回のイベント(現在の「奥野っ子ステージ」)に向けて、グループ学習の成果をパワーポイントでまとめ上げ発表したり、ホームページにアップしたこともある。 時数の減るのは致し方のないこと。そうした環境でパソコン授業はどうするか。Photo_2結局、将来にわたって役立つようにとブラインドタッチ入力法と決めた。文字表や練習問題等は、HP「奥野の郷」の学習支援教材ページにあるが、ないものはここ(左右)に再表示(クリックで拡大)。Photo_3
 ここ数年、指導していて驚くことは、目を閉じても正確に入力(「打つ」、「押下」等言い方色々)出来るようになる児童が出てくること。一人や二人ではない。でも、クラスでのバラツキが大きくなるのは避けたいので、ドンドン進む子には、まず先生が目隠しして入力させみる。合格すればその時間だけのアシスタントに指名し、ゆっくりな子の手助けをさせる。子どもには子どもの方が上手に手助け出来ることもある。またそうすることで、その子自身がより確かに習熟していく。クラスのコミュニケーションにも良い。
 4学年では、一通り50音打たせた(入力)後は、単語、複合語、短文、少し長い文、カタカナをとりあげ、漢字変換にと進める。教科書の"詩”を入力練習に採り上げることもある。4学年の4回目では、当たり前のように多くの児童は、学校名、学年組、氏名、先生の氏名等入力できる。最近の名前には、標準辞書にない文字もあるが、手書きパッドをつかって見つけることもできる。拗音、促音、撥音に特殊文字。Shiftキィを使って表示する各キィの上段の文字、F6(ひらかなへ)やF7(カタカナへ)も教えている。ホームポジションの人差し指(F,J)を使って表示する文字の「ふぁ」や「じゃ」も教えるが、Vをつかう「う゛ぁ」はしない。

 以上、今年を含む最近の経験を示した。もちろん習熟の差はある。得手不得手もある。かといって飲み込みの早い子の成長にブレーキをかけることはない。クラスで学ぶ。牛久の学校の基本姿勢。子どもにとってパソコン授業は大きな楽しみのひとつ。これまでの経験では配布した文字表も有効なようだ。最近はスマホ中心なのか?自宅のパソコンを開かない場合でもA4サイズのパウチ版であるから指使いの練習ができる。そのとき出来るだけ大人がその練習での指使いを見てあげると良い。”覚えが悪い”とは決して言わないで欲しい。少しずつ喜びを感じさせて欲しい。実際には、気が付いたら99のように身につけていた、ということになるもの。A

文字入力授業:後編

Photo_8 本編は、前回「文字入力授業の実際:前編」の続き。
今度は右手も使う。当然ホームポジションに置くように声をかけで、次の発声へ。T⑤左手小指を押し、右手の中指を押し、左手小指を押してご覧、さて何がでたかな?→当然「あか」の下線付き。決めたさせる。T⑥「あか」を3回繰り返させる引き続きT⑦目を閉じて「あか」を3回繰り返しさせる。ここ迄で「」と「」「」の違いに、チョットした?になる。Photo_7そこで配布した「パソコン用文字入力表」をスクリーンに表示する。指し棒を使い上段の「あ・い・う・え・お」に注目させる。この5文字は一回押すだけで一文字を表示することのできるとても賢い5文字であること、母音というと話す。次に左端側の「K}以下をさして、これらは子どものような文字。子音というと話しておく。さらに、子音を押し、続けて母音を押すと「」になったり、「になったりすることを説明する。説明はあ行、か行、さ行迄で十分。ただ、た行以降の例えばおくのの『』は『N』と次何だっけ?のときは、『の~~~』と心に内で言ってみること。すると音として聞こえる終わりは『お』になるだろう。だから『N』のつぎは『O』だと分かると、いくつか例を挙げて説明しておく。例えば「む」は「M」と「U」だねといった具合。表のひらかなから使用する子音と母音を読み取る。何度もやっているうちに無意識にできるようになる、と安心させる。優しく話すのが効果的です。
再び入力練習に移りる。正しい姿勢と指はホームポジションにさせる。再び発声。T⑧右手中指を押し左手小指を押す、続けて左手薬指を押し左手小指を押す。さて何が出たかな?→「かさ」。4回押すことの例。そのまま3回「かさ」と繰り返させる。次にT⑨目を閉じて、前述の指使いをさせる。先生も指使いの順を発声する。目を開いて確認させ、ミスがあれば、目を開いたまま押下させる。開いて押下し「かさ」ならば、閉じて押下し確認する。この繰り返し。4回押下(タッチ)は初めてなのと、両手を使うのでトツトツと見えるがここは見守る。Kb_2 次は「あ・い・う・え・お」の「あ」以外に発展するよと注目させる。”「え」は左手、「ういお」は右手でいずれも上の段”と前方スクリーンにキーボードを表示して説明。ここで大切な点は、一文字押下するたびにホームポジションに戻ることを強調すること。この基本操作を怠ることで、後々に影響することを話し練習に入る。次の発声へ。T⑩左手の中指を上のE に置き押して直ぐもどる、さて何がでたかな?→「」。T⑪こんどは右手の人差し指を上のU に置き押して直ぐ戻る。続いて中指を上の I に置き押して直ぐ戻る。次は薬指を上のOに置き押して直ぐ戻る。さて何が出たかな?→「う・い・お」。 ここで一回押しで出る(表示)文字「あいうえお」母音の位置が、少しわかりかけたことを確認する。前方スクリーンで再びその位置の説明。
確認練習に入る。左手では「あ」と「え」、右手で「い」と「う」と「お」と繰り返し入力(押下)させ表示文字を確認させる。時間があれば「あいうえお」の順に入力させる。前編とこの後編迄で45分になる。ブラインドタッチ入力法2回目授業は、母音「あいうえお」を正しい姿勢とホームポジションで入力(押下)し表示することからはじめる。ゆっくりで良い。姿勢とポジションが最重要。ここで母音が入力できるようになると、あ行からか行さ行と進める。児童に差が出るが進める。「あ」から変則入力のNN の「ん」まで出来たら、これを繰り返させる。これもクリアできたら「あかさたなはまやらわ」の方向に練習させ改行し、「おこそとのほもよろを」まで進めさせる。縦列に見れば、あ行から順に綺麗に並ぶ。問題は「や・ゆ・よ」と「わ・を」、ここは「やよ」「わいうえを」とさせてもよい。

文字入力授業:前編

 今年もパソコン授業始まる。11月24日~2月7日の木曜日2・3時間目に8日(8回)。1・2学年生活科、3・4学年は総合で45分を4回。今年度、1・2学年ではコンピュータの基本操作をしることと、図形、イラストや手書きを加えて作品を作り交換学習することに発展させる。3学年からは将来にわたって役立つブラインドタッチ入力法の指導。3学年で覚え4学年で高める。では、実際の授業は如何に?毎年児童の状況を把握しつつ対応するが、3学年授業の再現。3学年ともなるとコンピュータ上のノート:スタディノートを開くまでの操作は、着席と同時に進められる。そこで、授業日の日付をノートの1行目に入力(タイトルとなり、1年から6年までの授業記録に残る)し準備完了、始めの挨拶。
 初回キーボード図と文字表とを裏表に合わせパウチした教材実図はこちらから)を全員に配布し授業開始。Image1_2コンピュータ教室前方の大きなスクリーンに図を順に表示し説明する。文字入力時のPhoto_5①正しい姿勢Photo_2②両手・指のかたち、両手をくっつけた招き手から間隔をひろげ、③キーボードにおろす。両手の人差し指FJ の関係を念入りに意識づける。このFJキィーは文字の下にがある。暗闇でも、よそ見でも、その位置は分かる工夫。Photo_4FJ から両手の中指から小指までその行(中央)の文字上におろす。そこがホームポジション。キィの配列(左右の手使用の境目)と指(人差し指から小指)の関係を繰り返し説明しておく。親指は下段の中央におく。これはブランク挿入や変換キィーとして使う。スクリーンでの説明はここ迄。次は実際に文字の入力操作へ。自分のコンピュータに正しい姿勢で向き合い、両手・指をホームポジションに置かせる。練習はまず左手から。右手はキーボードからはずしリラックスさせ、左手・指の4本は正しい位置にあることを見つめさせた、顔は正面の画面に。”先生の発声通りにやってみて”と前置きする。(註:スタディノートでは、予めひらがな入力になっている。) さあ開始。T①小指をそっと押してご覧、さて何がでたかな?→当然「あ」、但し点線の下線付き。仮入力と言うこと、見せたい文字なのでEnterキィ押下させると下線は消えて決定。このEnterキィを決めたボタンということもある。改行にも使える賢いボタンとも言い添える。「あ」の表示で、一様に驚く。つづけて、左手指は正しく置いているかと言い添えて次の発声。T②薬指を押し直ぐに小指を押してご覧、さて何がでたかな?→もちろん「さ」の下線付き、決めたとさせる。T③同じ姿勢と指の位置で、左手小指→薬指→小指の押下、「あさ」だね。これを3回繰り返させる。児童間に差が生まれるが、そこは自由に繰り返し。アシスタントは、指の位置と顔の向きを注視し指導する。次、T④目を閉じて「あさ」を1回やって、目を開いて確かめてご覧と→児童の飲み込みは早くこれができる。間違えた子には、目を開いて指の位置を確かめさせ、正しい指使いで「あさ」と入力させる。できれば目を閉じて同様にと促す。重要なことは、誰にでも得手不得手があることをみんなに言っておくこと。”あって当たり前と安心させること”。<つづきは後編:右手の使用も>
 

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