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2017年4月 2日 (日)

28年度離任式に思う

 ♪あかるい朝を 元気にそぶ~♪~、この日、ふと脳裏に流れて目が覚めた.。奥野小学校の校歌(つづきはこちらから歌詞に間違い、本当は「~元気にはこぶ」!。記憶の中の小学校唱歌にもこんなことは多々あり。年度末の最終日:31日は通常の新聞大で8面におよぶ教職員の異動が折り込まれる。何時の頃からか、これを見るようになった。一面は顔写真付き。2面以降茨城県教育委員会レベルから・・校長、教頭の順にあり、4つの地方事務所に身近な先生の異動をみる。知人名と市内13校名をたよりに探すが、いかんせん最早あの文字サイズで詰めこまれていては見落としも。
Photo_2 朝ドラ後のメールチャックでなんとこの異動が今年は全校そろってかっぱメールで着信。これには離任式時刻の案内もあり出かけた。奥野小、今年は4名。県北から赴任されていた教頭先生(ルールらしい?戻られる)、前任校来の旧知の先生は6年、子どもに人気、親も信頼する先生も同じ6年での離任。離任式の一般席には卒業生もひとりいた。新聞で知って飛んできたという。二中に廻った。ちょうど式が終わり生徒たちに見送られてきたところで言葉を交わした。校長、教頭先生を含む10名。この一年、いくつもの授業や校内研修会に参加した。ときには公開授業後に先輩の先生から温かいアドバイスを得ていた先生を見聞きしただけに感慨も一塩。いつもそうだが離任する先生方皆さんへは心のうちでエールを贈る。新しいステージで、さらなる経験を積んで、教育の質を高めていただきたいと願う。Photo_3

 帰宅し暫くすると、二中の校長先生と教頭先生とが「離任のご挨拶」持参しての来宅。午後には奥野小も同様に。二中はお二方とも離任する。校長は長くても3年がきまり?。櫻井校長はそれにあたる。奥野小の教務主任をされていたこともあるからいわば旧知で、お話しする機会は多々あった。”おくのキャンパス”と命名される以前の”奥野学園構想”の段階から尽力された。なかでも着任早々、生徒たちの現状をみて、さまざまな改善に当たられた。とりわけ印象に残るのは、中学校と小学校教員間の交流をはじめられたこと。この地区はそれぞれ一校。子どもたちはの多くは9カ年をともにする。その教育の質の向上には子どもの情報の共有から相互交流に踏み込まれた。当たり前と思われるがちだが、実際には小中学校間の交流はみない。企業で言えば支店間とみればわかろう。幹部はともかく一般社員の交流はない。
 近年、市内では小中一貫教育と言っている。中学には複数小学校から集まる。しかも大人数ともなれば、おくのキャンパスのような子どもの情報の共有は、そう簡単ではあるまい。それだけにそれらの学校の今後に注目する。

 1日(土曜)午後、前日離任し本来の任地、水戸の小学校に行かれた教頭先生が新任地の名刺を持って来宅。こんなこと初めて。先生は校長先生の送別のことばにもあったが、奥野小まで片道1時間半近くかけての自動車通勤だった。その距離、一年になんと4万キロ。地球の赤道付近の一周ときけば仰天する。2年だったから2周、8万キロにおよぶ。これではさぞご家族もご心配だったろう。(参考:地球の周囲は、赤道付近は 40075.17㎞、子午線では40007.88㎞とか)
先生は、情報技術に明るかった。フイールドサービスの情報機器リテラシーには、これまでお会いした誰よりご存知でサポート上はパートナーだった。奥野小は英語を特長の一つに採り上げはじめた頃。オーストラリアの学校とのスカイプによる交流を実現。イングリッシュルームでは贈られたタブレットの活用環境をスピーディーに整備。今年10月には、彼の国の生徒たちはホームスティでやってくる。それだけに出来ればもう一年いて欲しかったのだが・・、人事異動ばかりはどうにもならない。いまにしておもえば、自動車での一時間半の通勤は大変だったろう。今後はプライベートで先生の活躍を期待したい。
 

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