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2017年6月 3日 (土)

いじめと、自殺と、忖度と

 つい最近、「自殺対策白書2017(厚生労働省PDF)がでた。そこに「年齢階級別の自殺者の推移」がありニュースにもなった。注目は次のページの第1-9表:10歳から64歳迄5歳刻みの統計。これによると15歳から39歳の死因1位は自殺とあり、不慮の事故を上回る。右表はその抜粋。0603若い世代の自殺は先進国では日本だけとのコメントもある。残念、まことに残念なこと。なかでも15~19歳のいわば就学年齢には胸のつぶれる思いがする。
 県内、近辺の15歳少女の自殺を巡るニュースには、やりきれない思いが重なる。どういうルートで実現したか、ご両親は直接文科省に”いじめではない前提での第三者委員会設置”の解散を訴えた。文科省も相次ぐ失態の挽回か?これに異例の素早さで対応し、市教育委を呼び出し指導した。市も直ちにやり直し調査の方向へ進み出した。この俄な動き出しにも、さらならやりきれなさを抱いてしまう。お父様の発言には敬服する。まだ緒についたばかり。曖昧な始末に終わってはならない。

 こうした問題が起きるといつも思う。何故そのとき、誠実に事実に向き合いいじめの疑いありを前提に調べないのか?完全無欠の組織なんてあり得ない。本校には自殺にいたるいじめはありませんとでもしたいのか。市教委に悪い報告を上げたくない?、学校とその上司のキャリアにキズをつけたくない?等々。 学校と市教委とのコミュニケーション/風通しの悪さもあるのだろうか。一般的に学校は市教委には遠慮が働く。当たり前だ。悪い印象を持たれたくない。切迫していなければ問題なしを装う。企業だって官庁だって組織はみな同じ組織の上司・部下間に似たようなことは多々ある。最近の一連の忖度騒ぎは、部下が上司の意向を汲んでの行為?で、業者が顧客に取入ろうとしての気働きに似ている。その忖度/気働きが良い方に進めば(有能な証し)良いがそうはいかないこともある。どのような組織でも上司(強い立場)聞く耳の大きさは重要だが、悲しいかな上司は偉ぶり、部下は躊躇する。市教委と学校の関係も同じ。学校内だって同じ。上の立場にあるものは下の(弱い)立場のものに、より意識的に添わなくてはならないが・・、実際にはなかなかに難しい。
 いじめは文科省も定義している。いじめ防止対策推進法では、平成25年施行で「『いじめ』とは、『児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。』とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。『いじめ』の中には、犯罪行為として取り扱われるべきと認められ、早期に警察に相談することが重要なものや、児童生徒の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるような、直ちに警察に通報することが必要なものが含まれる。これらについては、教育的な配慮や被害者の意向への配慮のうえで、早期に警察に相談・通報の上、警察と連携した対応を取ることが必要である。とある。小難しい言い回し。法律はともかく、そうした事態が起きた現場では、あるかも知れない?を前提にした取り組み姿勢と強い意思力、注意力は必要なこと。
 人は子どもに限らず、誰もが、羨み、妬み、意地悪し、無視し、悪ふざけし、中傷する等の心情をもつ。それらは、幼少からの家庭生活での躾け、集団生活の中での相互の学習によって徐々に対応を身につけていくものだが、高学年や思春期など、こころの著しい発達段階には、執拗で目立たなく振る舞う陰険な行為も起こりうる。先生方は大変だ。教科の学習に当たり、日々の子どものチョットした変化にも注意を働かせなくてはならないし実際にそうしておられる。教室を覗いてみると分かることだが、どの学校の教室も担任やクラスに携わる先生は、1時間目の前から終了・帰校まで、ほとんど職員室も戻ってこない。給食はもとより、お昼休みも掃除の時間も遊びも、ほとんど一緒。そうすることで、授業中には見えない変化を見つけ、さりげなく対応されている。もちろん注意力に個人差はある。見逃すことだってある。でも、子どもの状況を気遣い、楽しい学校生活をおくれるよう心がけているのは確かなこと。だからこそ、問題の芽は早めに見つけ、小さなうちに正すこと。それを保護者も理解すること。問題から目を背けたり、うそや偽りの報告(その強弁は転落の始まり)はもってのほか。
 もっとも最近に見る権力中枢のやりようは厭な夢を見ているようで未だ覚めない国民いじめ。一強安定の民主主義とは何ぞや。人事を握ると思うがままか。これからも意向を汲み取る/忖度(ときには勝手な利用も)する傾向はなくなることはあるまい。それが人の世の常。前次官の発言を狼狽えた個人攻撃でしかできないなんて・・、政権内唯一信頼に足る人物と期待していただけに言葉もない。

 学び合う学習は、普段の授業時間中からペアやグループのなかで、聞いたり、説明したり多くの会話を見る学習法。なればこそ先生は、学習に参加できていない子どもがおれば、その周りの子どもにそっと促す。こうして子ども間の会話が多くなる分、仲間意識は高まり親しさは深くなる。決して油断は出来ないが、牛久の学校には、いじめに当たる行為は出にくい学習環境ではないか。仲間に意地悪すると、仲間にたしなめられることだろう。悪い芽は、適切な時に摘む、これ!我が家の菜園のことだ。

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