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2017年8月

2017年8月17日 (木)

夏休みレポート1:戦後

 今朝、ニュースで知った。北朝鮮とアメリカの品位を欠く威嚇の応酬。金正恩がやや引いたらしい。すこしばかりホットする。が、どちらも信用ならん。引き続き関心を持続する。
 うしくかっぱ祭りがおわって、子どもたち同様に夏休みに入っている。何もしていないわけではない。夏休みに宿題はつきもの。いや課題。それは、ここ数年の習慣だが
「平和」と「憲法」と「原子力」および「日本と世界の経済」について思考すること。今年は朝ドラのせいで、昭和40年、主人公谷田部みね子の上京就職と北九州からの自分とが同じく重なって、考える視点に変化がでた。

0811_1_2 もっとも信頼できるコメンテーターがいる。三井物産時代、中東のイラン(IJPC?)、ニューヨーク駐在等を歴任した寺島実郎氏(1947:昭和22年北海道生)。日曜TBSの関口宏ワイドショーには早くから顔を出しておられる。同氏は東京の九段下に
寺嶋文庫を設けている。今年度からは、そこから《未來先見塾》と題し、毎週金曜BS11で8:59からゲストを迎え、対談で情報を発信している。やや本人の話の方が長いということのほか極めて有用な番組。先週11日右のフリップが出た。0811_2戦後の日本を大まかに分析する視点。経済と外交・安全保障。一人当たりのGDP、食糧自給率と一次産業就業比率。1965年は昭和40年のこと。みね子と自分の上京、就職:社会人スタートの年。
 GDPは933ドルから1980:昭和55年9,309。約十倍。15年間で奇跡の成長を遂げた。その代わり、
食料自給率、一次産業(農漁林業)就業率は大幅な低下をみる。日米同盟のもとに二次産業(製造業)にシフトした結果である。そうした決断を時の政府はしたということ。2015年は、さらなる発展。一次産業就業率は一桁になった。働き手を都市と工業地帯に集中した。2015年の32,479ドルは一時4万ドルを超えたが、為替の変動相場性移行(1973年)に伴い調整し目減りした。そう言えば、昭和40年は1ドル360円固定でドルの持ち出しには強い規制もあった。現在は1ドル110円前後。1965と2015年、生活環境は豊かな発展を見るが世界情勢も大きく変化した。日本は自由と民主主義の側にいる。米国の核の傘のもとでの安全保障もあったことがめざましい経済発展の基礎だったろう。二大強国の対立からソ連の崩壊、中国の台頭等世界はますます激動している。

0811_4 8月は悪夢の原爆投下に戦争の終結。メディアにはドキュメンタリーが多く流れ録画してでもみる。新しい資料の発見もあるからで、内容は変化するが、あったこと:事実(ファクト)には注目している。上記《未來先見塾》のゲストは作詞家であり、今は作家で文化人でもあるなかにし礼さんだった。氏のフリップで、自分より3歳年上の姉と同年の生まれ。自分たちより一年後の昭和21年の10月の引き揚げと知って身近に感じた。その同氏から思いがけない発言を聞く。満州からの引き揚げ者はどなたも悲惨な目に遭われているのは承知している。終戦直前の8月9日、不可侵条約を一方的に破棄してソ連軍は満州の地になだれ込んだ。国民を守るはずの関東軍は真っ先に逃げた。次に満鉄関係者が続いた。置いて行かれたのは、王道楽土とキャンペーンされ満州の地に希望を抱いて集団入植した人々(居留民)。ソ連軍や地元民から逃れつつ南下しハルピンに着いて知る。敗戦時の重光葵外相の訓令。”日本の統治は列島のほかに(満州には)及ばなくなった(という理由)ので、居留民(置いて行かれた人々)は現地で食料を調達されたし。日本は飢饉(食糧難)にあるから引揚げるに及ばず”と(こうした主旨の訓令電報)。小学3年生の彼の記憶である。大人たちは悲嘆にくれ、棄民になったと自覚し、少年はそれを見て親の気持ちを理解する。我が家のような引き揚げ(1945年10月19日博多港)は終戦からの一時期らしい。国は自分たちを見捨てた。棄民になったと淡々と語るなかにし礼さんの戦争体験。一回目は関東軍に、二度目は「帰ってくるな」と国に棄てられ、三度目は引揚げ事業を止めてしまった?こと。
その後、米軍は中国(国民党軍政府と中共軍政府)と日本人の有力者との間で話しをつけて21年7月?引揚げを新たに開始。帰国したが家畜以下の扱いを受けたという。さらにショックな事実は昨年
(2016)のことという。満鉄職員(の子)だった友人から”厚生労働省には、引き揚げ者名簿があり自分は載っていた。あの混乱期に素晴らしい”と聞き、彼も同じく問い合わせた。すると「満鉄の方か、軍属の方か?」と問われ、「一般人」と返答したところ「一般人の名前はありません」と即答され、唖然としあらためて棄民だったこと実感する。国家の破綻はとんでもない事態を生む。平然と個々を棄てる。0811_5_3こうした体験をへて彼は国家を考え、国家を畏れ怪しむようになる。

 ガンを克服して復帰した2012年。その時、現政権になったという。彼は先のフリップにある昭和43:1968年日本レコード大賞を受賞し作詞家として不動の地位を得る。政治から遠い文化・芸術・芸能分野にいる彼に、政治に関心を持たせてくれた唯一の方だと現総理をいう。

こんな話もあった。一人が亡くなった60年安保騒動に参加した学生には、愛国心があったからこそ、彼らなりの表現(デモ)にあったと。自分にはない。ああしたデモには”死もそこにある覚悟”をもつことを体験で知ったからそう思うという。愛国心があったからとか死を覚悟の行動とか、とても考えつかない。
<この項「夏休みレポート2」につづく>

 

 

2017年8月 4日 (金)

Canonさんによる写真教室&

 「Canonさんによる写真教室&ビオトープ畑体験」と題する仲間のNPO法人アサザ基金さんから次の案内が送られてきました。
実はこれ当初
7月29日(土曜)に予定されたもの。この日は、うしくかっぱ祭りの初日にて8月27日(日曜)に順延となった次第。

 あらためて、8月27日(日曜)、9時に
奥野生涯学習センターに集まっていただき、午前:ビオトープ畑の体験、午後:Canonさんによる写真教室を開催。15時30分解散予定とあります。詳しくは次のチラシをご覧いただき、更に詳しくはこちらをクリックしてお進みください170827a        お問い合わせは、029-871-7166 キミシマ メールも可
 

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