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2017年10月30日 (月)

OAGSがやってきた(3)

 初めにお断り:記事中に差し込むグループ写真三つは、雰囲気を伝えんがために無造作に撮ったシロウト写真の編集。失礼あればご容赦いただきたい

 さて、ホームスティ受け入れ顛末の締めくくり
 外来の客:OAGSとの夕食会(お別れパーティ)は離日の前日12日(木曜)午後5時45分からだった。会場の準備やテーブルに盛る料理は、いつものように地域のご婦人方。民政委員の方々も見受ける。なんと午前8時半から料理の準備ははじまっていたとか、因みに午後8時過ぎにパーティは終わった。後始末して帰宅したのは9時近く。もう疲れ切ったとは知人の笑みを浮かべた話。そりゃそうだ、お互いそれなりに歳なんだからね。あらためてありがたいこと。Oags181_2 地域コーディネーターと有志、10のテーブルに真っ白いクロスを掛ける。このクロスも前夜までにコーディネータのお一人のお家で材料提供およびミシンがけ、その無償提供だという。
この日は、このOAGSお迎えプロジェクトに携わった多くの方々にお越し頂いた。牛久市の面白いところ。ホストファミリー等ゲストの他は、些少だが会費を頂戴する。明朗で良い。根本市長、中根・石原市両会議員、染谷教育長、市教委の川井部長、課長、石井教育長職務代理者そして地域12地区の内の8地区の区長の顔。地区社協の前および現会長、さらに少し遅れてやってきた山岡県議等総勢100名。奥野生涯学習センターの大部屋もいっぱいになる。お招きするのは、10のテーブルのホームスティファミリー、そしてそこへ短期とはいえステイし生活をともにした生徒さん。Oags182 パーティの終わりにOAGSのお一人お一人から日本語でのお礼があり、引率された先生から感謝の言葉を受けた。特筆すべきは今回の立役者。メールによる諸連絡から受入準備、滞在中一切のお世話にあたった奥野小:小更(こぶけ)先生への感謝の言である。さらにいえば、全面的におくのキャンパスをサポートしてくださった市長、市会議員に、実務に当たった市教委放課後対策課の面々。中にはそもそもキャンパスのきっかけを生んだ奥野小前校長の顔も。Oags183 おくのキャンパスは、3月に文科省のいうコミュニティ・スクールになって、学校運営協議会を設置してきた。その初代会長の活躍も大きい。自らOAGSホームスティ受入委員会
(分科会の一つ)委員長もつとめ、ホームスティ・ファミリーにもなる、牛久2中PTA会長でもある彼。地域のみんなの記憶に残ることだろう。
筆者は運営協議会委員の一人。牛久市の人口84,745
(2017年3月31日現在)中、この奥野地域(昔、奥野村)は5,045人(構成比5.9%)。この人口減。少子化・過疎化・高齢化の中で、どのように受け入れ成功に持って行けるのか見守っていた。さすが、先生って凄い。奥野小:青木校長、牛久二中:高橋校長はじめ先生方の熱意には脱帽である。さらにそれを陰に陽にサポートした市教委放課後対策課の気配り手配り目配りには、牛久市全体の子どもに寄せる熱意を感じて嬉しい。牛久の教育は安心だ。きっと大輪の花が咲くだろう。応援し甲斐有り、牛久。

 なかでも一番の自慢。それはこの奥野には、一声かけると食材持ち込みで集まって下さる協力者の方々。筆者の子ども3人の通っていた時分
(昭和50年から62年)に、家内から聞いていた地域の方々のボランティア精神、その活躍をこのところずっと見ている。これって、なにものにも変えがたい奥野の財産だと思うおくのバンザイというほかはない。市内から通う児童・生徒にも余すことなくそのマインドは届くだろう。「小さな奥野から、大きな世界へ、羽ばたく奥野っ子」応援します。<学校運営協議会委員S.H>

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