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2018年1月 6日 (土)

先生の働き方改革2

 12月26日、文科省が”教員の働き方改革を進めるための緊急対策を正式に公表した直後の28日、ネットに次の記事をみた。「教育界でも『働き方改革』が問われた2017年・・・」こちらクリックで記事表示と。筆者は妹尾昌俊氏:教育研究家、学校業務改善アドバイザー、中教審委員 :とある。「働き方改革  妹尾昌俊」をキーワードに検索すれば大量にヒットする。なるほどそうした方か。上の記事はデータ付き。少々うらやましい。私の発信にはない。手に入れようがないから。ただ、学校の現場を任意または研修等予定された時間に数多く訪問し見聞きした観察にもとづく発信は、一市民の見方としては無価値でもあるまい。データはないが肌で感じ取り経営と同様の分析をした見解である。”先生方の真面目すぎ”と”教育行政の問題突破力のなさ”には、これで良いのかと自問し歯痒い。

妹尾氏の記事の末尾に「だからといって、学校では働き方改革はムリなのか?」と関係者へ奮起を促しておられる。まったく同感。”子どたちのためになるから、まえからやっているから”に流されることなく見直すべきときが今。文科省の旗振りがあるこの機会を逃すべきでない。1学校には多少の自由度はあるようだが単独の改革は無理とみた。ここは少なくとも自治体教育委員会が主となり、首長はじめ議員、行政、保護者とコミュニティの理解をえる着実な改革に向けた実行計画(業務改善計画)を作るべきだと思う。記事には諸外国との比較表もあった。一般認識のために多少のアクセントをつけて左図の通り借用する。また妹尾氏の記事のまとめは、次のようにそのまま借用させてもらうことにした。皆さんにこの情報を提供したいが故である。2

 働き方改革は労働時間に焦点をあてている。改革はおそらく①業務を見直して先生の本来業務を再定義する、②先生に世間並みの休暇をとれる仕組みををつくる、となろう。そこで早々に浮き彫りになるのは、先生の絶対数の不足。少なすぎる。これは戦後から今につづく国の教育行政のあり方に問題があったのではないか? ひょっとすると戦後のイデオロギー対決にみた結末がこれか?昭和を送ってきたものとして忸怩たる思いがよぎる。機会を見つけて、戦後からの産業の発展、GNP、国家予算、教育予算、人口ピラミッドを時系列に並べて分析してみたい。出来れば、国際情勢に国際経済を加えて。

 実は漠然と抱いている疑念がある。先生の社会的地位について。子どもの頃、母は「先生は師範をでているから・・」とよく口にし明らかに尊敬の念をもっていた。私の時代(昭和23:1948年小1)は、中卒で半数が就職、高校でも大学に進んだのは3割。その世代では日本全体で13%程度だったらしい。いわんや明治の人:母幼少の頃は・・。その後、進学率は高くなり今や大学および専門学校に大半が進む時代。そして社会人になり親になった。こうした世の中の変化に伴い先生はリスペクトされる存在から自分と対等な社会的地位へと変わった。まったく意識することもない相対的な低下だが、本来はそうあってはなるまい。取り戻していただきたい。
 では、どのようして地位を取り戻すか。例えば
”○○で学ぶと素晴らしい子どもに育つ”という評判を得ること。つまり保護者に期待される学校になるということ。安心で安全は当然。我が子が社会に出たときに、十分に活躍できる心の強さと未知に対し果敢に取り組む知力、体力、意欲を○○で学ぶと養われる、という評判。ところが先生には定期異動がある。だから異動する地域全体の教育委員会が一丸となって、好評を得るよう取り組めればよいが、現実をみると一様にいくのは難しい。やはり、ここは地域の一自治体においてその市教委下の全校から、実績づくりに邁進するのが良策。しかもその進み具合を保護者に限らずコミュニティにも見えるようにする。周囲の理解を得るにはオープンにすることが現代風。こうすれば実現の可能性は大きくなると思えるのだが如何?つづく。<おくのキャンパス学校運営協議会委員 S.H>

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