カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2017年7月 2日 (日)

毎日、新鮮野菜

 隣が畑というのはいい。仲間と分かち合う作業というのがなお良い。日の長いこの時期、早朝5時には誰かが手を入れている。それを2階の小窓からチラッとみて、なんだかホットする。その畑、4月23日は「苗植えて我が家に春」だった。植え付け後の5月19日はなんとミニハウスつきの記録を撮った(左)170519_3aその後、どれもこれもすくすく育って今や毎日が収穫だ。昨日も一昨日も、朝どれのキュウリやナスにミニトマト等が食卓にならぶ。ズッキーニは新顔で贅沢なもの。スーパーのものとは明らかな違い。ただ収穫が多くなってきた。お互い交換したり。娘に実家のお土産とするが、それでも毎日ともなれば残りがち。こうなることは、分かっているから苗数も絞ったのだが、ついついこうなる。仲間も同じ。そこで、ご近所にお裾分け。お陰で会話は増えた。日中の作業中にも、散歩の方からのお声を戴くことがある。
 ふと、とある光景が思い出された。子どもの頃、貧しかった頃の近所づきあい。味噌・醤油の貸し借りがあったかどうかは記憶にないが、何かを戴いた時、母はその器にマッチ(当時の大切な日常品)の小箱をそえてお返ししていた。それが昭和40年(1965年)の一家の上京3Kとはいえ当時憧れの公団住宅に住んでからは消えた。そもそも隣近所は全くの他人同士になった。たまの旅行のお土産のほか、他人様に贈る/戴くということはなかった。社会人生活はこうしてはじまった。ともかく働くこと、ものが豊かになることばかりが目標だった。今にして想えば物狂いと言っていい。比して最近のとりたて野菜のやりとり。会話の量のほかに、胃の腑に落ちるという意味が分かってきた。ほんもののご近所づきあいになってきた。東京への通勤時もリタイヤ後もまったく気が付かなかったコミュニティの密度。今の今まで気づかなかった。お粗末。
 5年前の班長の時に、生い茂り野鳥の立ち寄り先となって大迷惑な木々をご近所の有志で伐採し根を起こした。雑草地になって3年目の昨年から希望者5軒ではじめた畑作業。今の実りで分かってきたこといくつもある。声をかけ言葉を交わすというだけでなく、普段の食卓にのぼるものを、何のてらいもなくできることで、ふつふつと沸く豊かな気持ち、心地よい。A170702sa右は雨上がりの今朝。先ほどまでいた仲間は朝の食卓か?姿を消している。

 おくのキャンパス(奥野小・二中・ふれあい保育園)は、3月におくのコミュニティ・スクールになった。コミュニティ、地域の人々の息づかいを感じるほどのおつき合いは、小坂団地住人同志でもほど遠いが、ほかの11行政区の人々には、長い長いご近所つき合いが、かつてはあっただろう。子どもが少なくなって、お互いに歳をとって、集落の祭事も継承するものもなく立ち消えて、今や往年の面影もないおつき合いなのかも知れないが、この際、新たな気持ちでスタートすればよい。その機会が7月15日の奥野ふれあいまつり。奥野小校庭で開催される。14時40分から花火の打ち上げ終わりまでなら19時半。昨年も同様に催した。そのときは、園児、小学生、中学生の交流。保護者たちに奥野小地区社協の皆さん、屋台をだす商店街のおじさんおばさんもいらした。奥野小50周年にはじまったこの催し、奥野地域恒例の行事と致したいおくのの人々、みんなあつまれ~~。いま現在、そこに通う子がいようがいまいが、奥野小にあつまって、これから先の奥野地域・コミュニティの有り様を想像してみようではありません。今朝の写真は雨上がりでどんよりとして暗いが、お昼頃には晴天の夏日になるとの予報あり。下はお昼。右は仲間。A170702z_2_3A170702z_3_5
<奥野小・二中 学校運営協議会委員S.H>













2017年6月17日 (土)

奢れる者久しからずか?

 市議会会期中のこの時期、国の最高の意思決定機関たる国会も18日期末の会期中。一昨日:6月15日朝いわゆる「共謀罪」法案は強行採決に至った。中間報告という奇策で員会採決を省略(無視)し本会議で決する。委員会の委員長は与党だからとの配慮で、この手をこの日に行使したとかいうコメンテーターの声。この国会の体たらく、予想はしていてもあって欲しくないだけに絶句し見かねる。法案の善悪の前に、総理自らが担当大臣の発言を制してまでも推し進めるやり方、法案に不安を覚える。怪しい。これだけで十分に国民に災いをもたらす法案に違いない。この際、そう遠くない将来、大人になる孫のために自身も率直な現在の心境を文字にしておこう。かつて20代後半のある日、父に”昭和初期から終戦まで続いたあの時代、何を考えどう行動していたのか?”と親不孝な質問をしたことがある。無返答だった。

 現在の中学校「公民」の授業はどのようなものだろう?授業観察時に我が知識の焼き直しをしてもよい。君主制でも一党独裁でもない民主制は最も優れているとは言い切れないまでも住民・国民に主権があり、その参加によること、かつ多数決原理で、ものごとを決めると言う意味で良い制度とされている。但し、条件があると何処かでみた。統治者は、少数意見に配慮すること配慮しすぎては決められない、という欠点も合わせもつ。政治はタイムリーも大切だから難しい判断を求められる。
第二次安倍政権発足以来、衆参両院ともに与党多数にかわって、ものごと(政策)は進むようになったものの強行採決ありきの強引さが際だつ。諸外国訪問も従来より多く、一見八面六臂の活躍に見えるが成果はあがっていない。内政でもかけ声は大きく成果は薄く。むしろ危険な匂いさえしてきた。森友から加計学園、岩盤を打ち破る国家戦略特区は重要な課題。だが公平・公正はいうまでもなく、公明正大の要。いわんや少しでもお友達への配慮と憶測されては醜悪な事態だ。文科省、内閣府、官邸が関与する今も。巨悪は今後も配下の犠牲の上に居座り続けよう。しかも何の罪の意識なく。一強安定が続くと見れば部下は直接の指示はなくても、その意向を汲んで、場合によっては「偉いさんが言っている」とかなんとか、虎の威を借り動くこともある。挫折を知らぬ優等生エリートタイプ。今回もおそらくそうだろう。こうしたとき、内閣の舵取りにこそ頼みの綱(存在)なんだが・・いけない。かつて後藤田さんという名官房長官がいらした。国民目線で総理に対しても、もの申すという方で記憶に残るが、今のその立場にある人、言いつくろうばかりで、もはやそこに少しも信はおけない。我が同年齢の副総裁とやらも、変節したのか?おかしな発言ばかりつづく。恥を知らず、同世代には存在しないと勘違いしていた自分は滑稽でお気楽人間か。教室で学ぶにかけ離れた魑魅魍魎の現実。ネットから画像をお借りして心の内を表してみた。061750_3
 最近”中選挙区制の方が日本人には向いていたのか”と考えはじめた。あの金権まみれの腐敗に嫌気がして、政権交代を生み健全な政権になると期待して人々同様小選挙区制に味方した。ところが、当時から健全な野党も必要言われつつ、英国の保守党、労働党を夢見たのがいけなかった。現実には離合集散を繰り返して、一度は政権交代の実現をみたもののあえない末路。小選挙区制は選挙区一人の当選者。それ故、党内で面を犯して諫言する人もグループもなく、かえって多様な意見を封殺する状態になってしまった。中選挙区制は一選挙区複数の当選あり。金権政治を生む土壌にはなるが、与党内では牽制勢力にもなるグループ(派閥)が生まれ機能した。現在は一強がいけない。そのもとでは議員といえども生身の人間。国民を代表している意識より自己保身優先の自分ファースト。その程度の人物ということだろう。考えてみれば選ぶ側だって無責任だ。多くの人は寄らば大樹の陰、危うきに近寄らずの安定志向。投票率はいつも低い。政治への不参加に同じ。今の有り様は選挙民の責任でもある。ところが現実には、まじめな大衆が多くいるはずもないから、やっぱり当選者に選良としての自覚と公僕としての努めを期待する。そして裏切られる連続。農耕社会を遺伝子に持つわれら日本人、大きな変動は望まず緩やかな変化を望み、空気を読み多数の動きに合わせる傾向も強い。正論の野党、芯のない野党より与党の中に調整を望む方がベターなのか?現在、与党は2つ。一方に一定の抑制効果は見えるものの、これまた権力の側にいることで知った味。実現する政策もあるから、いざというとき腰砕け。さて、彼ら選良と言われる方々、どの目線に立って判断し行動するのか。国民!?、いや、やっぱりこれからも仲間(党)ファーストか。不甲斐ない。

 子供の頃、よく母に”他人の役に立つ者になれ、上に立てば上になるほど謙虚でアレ”と𠮟咤されてきた。こころにとめている。

2017年6月 3日 (土)

いじめと、自殺と、忖度と

 つい最近、「自殺対策白書2017(厚生労働省PDF)がでた。そこに「年齢階級別の自殺者の推移」がありニュースにもなった。注目は次のページの第1-9表:10歳から64歳迄5歳刻みの統計。これによると15歳から39歳の死因1位は自殺とあり、不慮の事故を上回る。右表はその抜粋。0603若い世代の自殺は先進国では日本だけとのコメントもある。残念、まことに残念なこと。なかでも15~19歳のいわば就学年齢には胸のつぶれる思いがする。
 県内、近辺の15歳少女の自殺を巡るニュースには、やりきれない思いが重なる。どういうルートで実現したか、ご両親は直接文科省に”いじめではない前提での第三者委員会設置”の解散を訴えた。文科省も相次ぐ失態の挽回か?これに異例の素早さで対応し、市教育委を呼び出し指導した。市も直ちにやり直し調査の方向へ進み出した。この俄な動き出しにも、さらならやりきれなさを抱いてしまう。お父様の発言には敬服する。まだ緒についたばかり。曖昧な始末に終わってはならない。

 こうした問題が起きるといつも思う。何故そのとき、誠実に事実に向き合いいじめの疑いありを前提に調べないのか?完全無欠の組織なんてあり得ない。本校には自殺にいたるいじめはありませんとでもしたいのか。市教委に悪い報告を上げたくない?、学校とその上司のキャリアにキズをつけたくない?等々。 学校と市教委とのコミュニケーション/風通しの悪さもあるのだろうか。一般的に学校は市教委には遠慮が働く。当たり前だ。悪い印象を持たれたくない。切迫していなければ問題なしを装う。企業だって官庁だって組織はみな同じ組織の上司・部下間に似たようなことは多々ある。最近の一連の忖度騒ぎは、部下が上司の意向を汲んでの行為?で、業者が顧客に取入ろうとしての気働きに似ている。その忖度/気働きが良い方に進めば(有能な証し)良いがそうはいかないこともある。どのような組織でも上司(強い立場)聞く耳の大きさは重要だが、悲しいかな上司は偉ぶり、部下は躊躇する。市教委と学校の関係も同じ。学校内だって同じ。上の立場にあるものは下の(弱い)立場のものに、より意識的に添わなくてはならないが・・、実際にはなかなかに難しい。
 いじめは文科省も定義している。いじめ防止対策推進法では、平成25年施行で「『いじめ』とは、『児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。』とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。『いじめ』の中には、犯罪行為として取り扱われるべきと認められ、早期に警察に相談することが重要なものや、児童生徒の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるような、直ちに警察に通報することが必要なものが含まれる。これらについては、教育的な配慮や被害者の意向への配慮のうえで、早期に警察に相談・通報の上、警察と連携した対応を取ることが必要である。とある。小難しい言い回し。法律はともかく、そうした事態が起きた現場では、あるかも知れない?を前提にした取り組み姿勢と強い意思力、注意力は必要なこと。
 人は子どもに限らず、誰もが、羨み、妬み、意地悪し、無視し、悪ふざけし、中傷する等の心情をもつ。それらは、幼少からの家庭生活での躾け、集団生活の中での相互の学習によって徐々に対応を身につけていくものだが、高学年や思春期など、こころの著しい発達段階には、執拗で目立たなく振る舞う陰険な行為も起こりうる。先生方は大変だ。教科の学習に当たり、日々の子どものチョットした変化にも注意を働かせなくてはならないし実際にそうしておられる。教室を覗いてみると分かることだが、どの学校の教室も担任やクラスに携わる先生は、1時間目の前から終了・帰校まで、ほとんど職員室も戻ってこない。給食はもとより、お昼休みも掃除の時間も遊びも、ほとんど一緒。そうすることで、授業中には見えない変化を見つけ、さりげなく対応されている。もちろん注意力に個人差はある。見逃すことだってある。でも、子どもの状況を気遣い、楽しい学校生活をおくれるよう心がけているのは確かなこと。だからこそ、問題の芽は早めに見つけ、小さなうちに正すこと。それを保護者も理解すること。問題から目を背けたり、うそや偽りの報告(その強弁は転落の始まり)はもってのほか。
 もっとも最近に見る権力中枢のやりようは厭な夢を見ているようで未だ覚めない国民いじめ。一強安定の民主主義とは何ぞや。人事を握ると思うがままか。これからも意向を汲み取る/忖度(ときには勝手な利用も)する傾向はなくなることはあるまい。それが人の世の常。前次官の発言を狼狽えた個人攻撃でしかできないなんて・・、政権内唯一信頼に足る人物と期待していただけに言葉もない。

 学び合う学習は、普段の授業時間中からペアやグループのなかで、聞いたり、説明したり多くの会話を見る学習法。なればこそ先生は、学習に参加できていない子どもがおれば、その周りの子どもにそっと促す。こうして子ども間の会話が多くなる分、仲間意識は高まり親しさは深くなる。決して油断は出来ないが、牛久の学校には、いじめに当たる行為は出にくい学習環境ではないか。仲間に意地悪すると、仲間にたしなめられることだろう。悪い芽は、適切な時に摘む、これ!我が家の菜園のことだ。

2017年5月20日 (土)

能代~角館小さな旅2

 今回の旅、+αは角館(秋田県仙北市)。テレビで、しばしば話題になる武家屋敷群、前々から行ってみたいところの一つだった。能代カップ閉会式終了後に能代から秋田へ移動。本来なら美しい日本海の夕陽の眺めにであう五能線、日没では闇のトンネルに過ぎない。しかも連休最終日、車両はガラ~~ンとしている。リゾートしらなみでも一時間ほどかかる。翌日にそなえて当地に宿泊。スーパー銭湯併設のホテルだった。玄関口で履き物をボックスへという経験は初めてで少し驚く。しかも21時過ぎなのに相当な繁盛ぶり。翌朝のチェックアウトで「稀勢の里はどうでしょうね?」とにこやかに声をかけられた。入館時の住所を見てのことだとか。19年ぶりの日本人横綱の誕生は、それだけ国中の歓びなのだろう。横綱のお陰で牛久市は一挙に全国区になった。
 秋田から新幹線こまちで二駅上ると50分弱で角館着。Photo駅の風情が良い。自動改札口はなく月並みな橋上駅でもない。昔の牛久駅を意図的にリニューアルしたような駅。武家屋敷を売りにするだけに、駅からしてそうした気配りがある。21_3駅前広場右手に案内所があり、聞くと丁寧に教えてくれた。”この通りをまっすぐ進んで、突き当たりが郵便局。その右手が武家屋敷の通りです”と。郵便局に至るまでの銀行も景観に沿っている。
ついでに郵便局の直ぐ手前には、バスの停留所かと思いきや、十分な長さの休憩場所があった。武家3屋敷群を歩いての戻り(復路)で、気が付いた絶妙な位置。リュックをおろせる高めの棚もある。なお良い。名所案内は記事末のサイトに任せるとして、その他、目についたこと、いくつか。

 各屋敷の広さもさることながら、道幅が甚だしく広い。4清流の流れの水路もある。これだけ多くの屋敷では、移築は難しかろうから道幅を拡げたわけではあるまい。
5近世の城(白壁の平城)の周囲は、何処も道幅は広いが、屋敷群では珍しい。伸びやかに見物できる。武家屋敷群の中程で、L路に曲がるが同じ景色がつづく。敷地も広い。屋敷名を見ると、かつて芦名家に仕えていたもの、常陸から佐竹家の国替えで移ってきたのものとがいる。屋敷見物は無料と低料金とがあるが、そうじて落着いた佇まい。通りの端近くに道から奥まった位置に平福記念美術館があった。「小松ひとみ写真展の開催中。副題に『逢瀬』『みちのく色語り』」とあった。ことばの響きが届いて誘い込まれた。近くに7明治6年の小学校令時に設立されたのだろう小学校跡地の記念碑もあった。どういうわけかこうしたものには敏感になる。
 秋田美人とよく聞く、最近も渡部さんと佐々木希さんとが話題になった。駅前での昼食時のレストランに、年配だがスタイルの素敵なウエイトレスが二人。お若い頃はきっと希さんのようであったにちがいない?
 おまけをふたつ。6_3全国展開のセブン・イレブン。景観にとけ込む店づくり、こうした配慮は全国各地にあってよい。角館の観光サイトはこちらをクリックしてご覧あれ。旅の計画の参考になる。こうした地域一帯の広さでは、気ままなひとり旅は向いている。実際には家族連れもいる。シニア夫婦も。熟年者には人力車もあって多く利用していた。Photo_3 地域の魅力:武家屋敷群の一端をのぞけた。次回は時間配分も計画できる。歩き回るから脚力は必要だ。ウォーキングを再開して鍛え、機会を見つけ再訪するか。その気にさせる観光地。景観にそぐわない商業施設がほとんどないのも良い。平成17年から仙北市:センボク市に含まれる。秋田県東部中央。仙台経由で、こまちは一路上野へ。角館⇒上野間、3時間と少し。案外近い。

2017年5月13日 (土)

能代~角館小さな旅1

 連休後半の4日夜に出かけ7日夜に帰宅の能代~角館3泊4日の小さな一人旅。実は観戦と年来の武家屋敷観光を結んだ。能代カップ2017 観戦が主目的。知らなかったが5月のこの連休3~6日、四日間開催(例年は3・4・5日の三日間)はもう30年続いているという。能代市の主催のようで、全国のブロック大会で優勝ないし準優勝した学校から7チームを選抜しリーグ戦を行う珍しい形式。確かにこれまで中学、高校の試合を見てきたが、代々木でも東京体育館でもトーナメント戦だった。全4日間は時間的に無理だから後半の5・6日の二日に絞り、+アルファ1日とした。結果はインターネットで見ればいい。牛久から能代は案外不便だ。朝一番のJR6時23分牛久発、上野でこまち、秋田で高速バスに乗換えても13時2分能代着。これはきつい。そこで調べてみると池袋22時発の高速夜行バスがあり能代に8時半着とある。これは良い機会と、秋北バスに電話で予約しローソンでチケットを手にした。こうしたこと初体験。バスは2席ずつ二列かと思いきや1席ずつの縦三列。中間にトイレ付で、一人席はカーテンで覆われる。座席の前後も広い。楽しみつつ良い経験を得た。0513_2 嬉しいことに9時から16時半開始の6戦全部を観戦できた。バスケは、思いのほか面白い。1番目の孫(既に大学4回生)のミニバスのころから、度々見物していたが、強豪チーム同志の総当たり戦は見応えがある。前半10分・2分・10分、中休み10分、後半戦も同様、延長のない限り時間を刻むテンポが心地よい。次の試合も直ぐにはじまる。ゲームの流れを観察していると、タイムの取り方一つ意味がある。対戦相手、ファールの数でメンバーを随時入替える。
会場も立派だったが、この休み時間に、2階の窓を開け空気を入れ換え、アナウンスは高校生。そういえば、朝の受付では長机に4人掛けの女子中学生が、プログラムとポスターの販売に黄色い声を上げていた。普段この年頃はよく見るところだから、純真なボランティアぶりも嬉しい景色になった(自分も中学の頃、赤い羽根募金で街頭に繰り出した思いであり)。大会関係者のきびきびした動き、それもソフトな能代市の運営に好印象を抱く。 この子どもたちに興味を引かれて、若葉マークのスマホで能代市を検索してみた。総人口3万5千人弱。資料によると(PDF2.1MB)。この人口で小学校12、中学校7校。多い。つい牛久市と比べてみる。少子化は全国と同様。能代カップは今年が30年記念大会能代工業は40数年にわたり強豪校だった。そういえばNBAに挑戦した田臥さんくらいは知っている。いまは栃木ブレックス。能代工業にならんで洛南も強豪校だったと。でも、30大会中の14回の出場ながら、今回が初優勝ということに、そうなんだと驚きもある。最近はほとんどのチームに外国人選手を見る。2メートルを超えるものも。閉会式の大会委員長による高評に、忘れがたくなった二試合があったとあった。ひとつは、三日目の第二試合の明成VS開志國際、64:61で明成勝利。この3点差は時間切れ寸前の3ポイントシュートが見事に決まったもの。見た・凄い、たぎるものがある。しかも相手には2メートル超の外国人ポイントゲッターがいる。もう一つは日本人のみチームの平面のゲーム運びで高さを征するゲームとあった。一位と二位とは勝ち点で並んだが、直接対決で洛南、僅差の勝利による。
 能代の街の一部に過ぎないが、道路がメチャクチャひろい。但し中央分離帯はない。歩道まであり得ないはば。札幌の大通りどころではない。人通りは、地方都市は何処も同様のなし、車ばかりが目立つ。一転して秋田市内。みごとに美しく、賑わいのある華やいだ都市にみえた。ホテルまでの道筋に過ぎないが・・。たまに一人のぶらり旅も良い。

2017年4月23日 (日)

苗植えて我が家に春

 「穀雨」、20日(金曜)は、この日だった。「こくう」と読む。初めて耳にした。朝の依田さんの天気予報でのこと。穀物を育てる雨の意なんだそうで、二十四節気のひとつ、この次は、もう「立夏」。今年(2017)は5月5日のこどもの日。市役所の横の広場を舞う群れなす鯉が浮かぶ。この二十四節気は、毎年国立天文台から公表されているとか。知らなかった。
 寒さの残る3月の初め今年は何を何処に植えようかと二人だけの思案になった。昨年の隣地の5家共同管理畑での少しばかりの成功が、そうした気持の変化を生んだ。種をまく、苗を植付け、その生長を見守る。剪定、雑草つみ、物なりをみんなで分け合って、喜びも分かつ。晩秋は畑の側でのミニ収穫祭。子どもの頃のご近所つき合いの再現だった。
そんなわけで、今年は植え付ける場所は、大幅変更。庭のベランダ側、いつもはミニトマトやキュウリ、ピーマン、シシトウのところには、スナップエンドウの種を蒔き(3/2)、そしてパクチー(4/15)ここ数日の温かさで、にわかにエンドウはきみどりの葉を伸ばし支え棒の出番になった。毎朝、雨戸を引くたびに見ている。あっ!そうだった。共同作業でジャガイモを三種類植えつけた(3/24)。キタアカリ、男爵、メイクイーン。マルチシートをはってのこと。
04231_2 このところホームセンターを巡っていた。一寸した不足の農具、肥料の調達に苗の売り場を探る。荒川沖のジョイフル本田(4/15)、ひたち野うしくのホーマック(昨日4/22)といった具合。例年は連休だったが、早い出だしになった。楽しみは行動を変え、生活に潤いも。なんと、昨日(22日)は、ホーマックに数種の苗、多数出現。まだお客も少ないから求めやすい。早速、ミニトマト4種一株ずつ、キュウリ2種、ナス5株、シシトウ一株、ピーマン一株を購入して午後、家内が植え付けた。植付けから収穫担当は家内、小生は土づくり、畝づくり、棚を作ったりする、完全分業体制。何故か?整えるのが好きな小生は大切な芽まで摘んでしまう、とんでもない失敗をやらかす。それも毎回、だから信頼なしで叱られるそもそも不向き04232お代官様にお許しを乞うのは厭だから止めにした。まだ、植付け場所にゆとりがあると言ったら、そこは予定があるのだと。ホーレンソウ、オクラ、モロヘイヤ等々。現在、ネギはあちらこちらに元気に目立っている。取り残したキャベツは花を咲かせている。タマネギニンニクも、諸々生長している。決めては陽当り。土に温もりがある。野菜も人も。適材適所。マルチシートを敷いたのは、昨年の他家の経験をもとにやってみた。覆いをかぶせるところまでは、面倒は避けるタイプの小生には無理。でもやっている家もある。刺激されるなぁ~。そのかわり腐葉土を作る場所の整備はやっている。できあがった腐葉土を畑にまく。042334_3結構きつい労働だが体調を見ながらで、あっさり打ち切る。今年は何でも屋さんでもある彼が、畑の一角にハウスを造り始めた。こりゃ一体何が出来るのか。
ついでに、久しぶりのご対面、キャベツの花と葱坊主。別に珍しくもないのかな。キャベツの花の後方のオレンジ色は、植え付けた苗の囲いだがまるで花のよう。





2017年4月 2日 (日)

28年度離任式に思う

 ♪あかるい朝を 元気にそぶ~♪~、この日、ふと脳裏に流れて目が覚めた.。奥野小学校の校歌(つづきはこちらから歌詞に間違い、本当は「~元気にはこぶ」!。記憶の中の小学校唱歌にもこんなことは多々あり。年度末の最終日:31日は通常の新聞大で8面におよぶ教職員の異動が折り込まれる。何時の頃からか、これを見るようになった。一面は顔写真付き。2面以降茨城県教育委員会レベルから・・校長、教頭の順にあり、4つの地方事務所に身近な先生の異動をみる。知人名と市内13校名をたよりに探すが、いかんせん最早あの文字サイズで詰めこまれていては見落としも。
Photo_2 朝ドラ後のメールチャックでなんとこの異動が今年は全校そろってかっぱメールで着信。これには離任式時刻の案内もあり出かけた。奥野小、今年は4名。県北から赴任されていた教頭先生(ルールらしい?戻られる)、前任校来の旧知の先生は6年、子どもに人気、親も信頼する先生も同じ6年での離任。離任式の一般席には卒業生もひとりいた。新聞で知って飛んできたという。二中に廻った。ちょうど式が終わり生徒たちに見送られてきたところで言葉を交わした。校長、教頭先生を含む10名。この一年、いくつもの授業や校内研修会に参加した。ときには公開授業後に先輩の先生から温かいアドバイスを得ていた先生を見聞きしただけに感慨も一塩。いつもそうだが離任する先生方皆さんへは心のうちでエールを贈る。新しいステージで、さらなる経験を積んで、教育の質を高めていただきたいと願う。Photo_3

 帰宅し暫くすると、二中の校長先生と教頭先生とが「離任のご挨拶」持参しての来宅。午後には奥野小も同様に。二中はお二方とも離任する。校長は長くても3年がきまり?。櫻井校長はそれにあたる。奥野小の教務主任をされていたこともあるからいわば旧知で、お話しする機会は多々あった。”おくのキャンパス”と命名される以前の”奥野学園構想”の段階から尽力された。なかでも着任早々、生徒たちの現状をみて、さまざまな改善に当たられた。とりわけ印象に残るのは、中学校と小学校教員間の交流をはじめられたこと。この地区はそれぞれ一校。子どもたちはの多くは9カ年をともにする。その教育の質の向上には子どもの情報の共有から相互交流に踏み込まれた。当たり前と思われるがちだが、実際には小中学校間の交流はみない。企業で言えば支店間とみればわかろう。幹部はともかく一般社員の交流はない。
 近年、市内では小中一貫教育と言っている。中学には複数小学校から集まる。しかも大人数ともなれば、おくのキャンパスのような子どもの情報の共有は、そう簡単ではあるまい。それだけにそれらの学校の今後に注目する。

 1日(土曜)午後、前日離任し本来の任地、水戸の小学校に行かれた教頭先生が新任地の名刺を持って来宅。こんなこと初めて。先生は校長先生の送別のことばにもあったが、奥野小まで片道1時間半近くかけての自動車通勤だった。その距離、一年になんと4万キロ。地球の赤道付近の一周ときけば仰天する。2年だったから2周、8万キロにおよぶ。これではさぞご家族もご心配だったろう。(参考:地球の周囲は、赤道付近は 40075.17㎞、子午線では40007.88㎞とか)
先生は、情報技術に明るかった。フイールドサービスの情報機器リテラシーには、これまでお会いした誰よりご存知でサポート上はパートナーだった。奥野小は英語を特長の一つに採り上げはじめた頃。オーストラリアの学校とのスカイプによる交流を実現。イングリッシュルームでは贈られたタブレットの活用環境をスピーディーに整備。今年10月には、彼の国の生徒たちはホームスティでやってくる。それだけに出来ればもう一年いて欲しかったのだが・・、人事異動ばかりはどうにもならない。いまにしておもえば、自動車での一時間半の通勤は大変だったろう。今後はプライベートで先生の活躍を期待したい。
 

2017年3月 1日 (水)

スマホデビュー苦戦

 5ヶ月迷ったスマホに昨日:28日切替えた。そもそもは5歳上の兄が携帯に電話してきて、滅多にない長電話になったこと。何故かと尋ねるとスマホに切替え、テストしているのだという。かけ放題契約。80歳という年齢からして、操作を憶える最後の機会と捉えたのだという。そうだろう。同感。その歳では凄いこと。いまや世の中はスマホ生活で進むのは確実。そういう時勢を感じる。”私達は最初のスマホ世代”だったか?洒落たCMも流れている。残るCMになろう。実は、これまでスマホを敬遠していた。あの画面では文字が小さすぎてよく見えない。だが中学校に導入されているツーインワン(画面とキーボートの分離使用可能)タイプのパソコンは、2010年導入以来リプレース遅れの目立つ小学校にも近いうちに導入され、デスクトップPCにとって換わるだろう。そのときに、子どもたちに初期の操作さえ指導できないのでは・・、これまで続けてきた活動柄、なんとも我が身が情けない。だからそのときはスマホとタブレットは、同時に購入すると決めてショップを覗いていた。現在の通信料金、ガラケー(FOMA)とやや見下され感の携帯で、メール中心、ときどき電話ていどで夫婦で5千円弱。それがスマホに切替えると自分だけで7千円をこえる。これはコストアップも過ぎる。でも、このところ格安スマホのCMが多く流れていて興味を引き、動揺した。詳しく聞く気になってケーズデンキHU店のドコモコーナー訪問し丁寧な応対を受けた(お客だから当たり前か)
 ①用途は携帯はメールの送受信が主、ときどき電話受信、写真も小さいサイズでときどき撮る程度 ②スマホは画面が小さいのでタブレットも同時に購入する ③スマホには多くのアプリがあるがほとんど不要だろう。早い内にキャンセルしたい ④スマホを持つことで、ノートパソコンで、何処でもネットをみたい。こうした条件。いろいろ聞くとタブレット代金は別で、スマホ契約でノートPCもタブレットもネットを使うことは可能。それには、やはりキャンペーン割引しても月7千円だという。格安も2年目以降増額になる。いろいろ聞いたが、結局、同時購入と決めた。その契約と機器の受取りが28日午後。なんと3時間弱かかった。一つ一つの説明、それを繰り返す。金融商品と同じ手法。ついでに関連グッズも購入した。右の画像は、昨年2月購入したノートPCに今回のiPadとスマホをおいたもの。0301
 操作習得に苦戦している。契約迄に3時間も要したから先ずはそれまでとし、後の操作覚えはなんとかなるだろうと考えていたのが、実にあまかった。電源ONと初期画面程度は初めに聞いたから分かるが、ひとつひとつのアプリ等はどういうものか?有料無料もわからぬ。同意を求められても確信を持てない。安心遠隔サポート契約をしたから、そこに聞けば何とかなりそうだが・・・、ここであらためて、基本操作くらいはお店でも教えてくれるのではないかと思えた。その担当者は1,2日は勤務外ときいている。早めに時間をとり行ってみることに。

この項、店の応対を含めつづける。年寄りのスマホデビュー談になるだろう。パソコンには詳しくても、もの覚えが衰えている。さてどうなるか。自習するならこんなサイトもあり視聴してみた。

2017年1月21日 (土)

働き方改革、さて

 もう数日前のことになる。文科省政務官から丁寧なお返事を戴いた。車座ふるさとトークの樋口国会議員。170121_2あの日、トークでの発言したことと言い足りない部分の発信を約束し、お知らせしたメールへの返信。こうした応答をなさる方は、実は少ない。それなりの地位にある方ほど無反応なのが普通なこと。これから、働き方の改革、容易ではないがどう進むのか見守っていく。
 彼のプロフールには1971年生まれとある。丁度30歳違いの45歳、働き盛り。この年齢は自分にとっても分岐点だった。ソフトウエア開発部門で漢字処理と情報検索技術を会社の商品に定着させ、異動先のコンピューター運用部門では国内の多くの企業が直面していた運転トラブルの解消をベンチャー企業と組んで運転の自動化ソフトを開発、実現に進めた。第一号ユーザーとして大企業の来社対応や講演に引っ張り出された。国家資格の試験委員や業界の技術委員を委嘱されたのもこの頃。まさに我も働き盛り。

 その日は突然やってきた。夜10時過ぎたまたま一人、在席していたところへ、コンピューターご利用のお客様がやってきて声をかけられた。「あなたは家族サービスをしたことがあるかい?」。「思い出づくりをした方が良いよ」と。この方、現在の情報通信技術開発のパイオニアだった。普段の勤務を見かねたのか?この一言で、異動前の部下の子どもが荒れているという噂、主人を早く帰して下さいと乗り込んできたという新婚の妻の話が脳裏に浮かんだ。どちらも有能なSE(システムエンジニア)で、それなりの報酬を得、若くして自宅も購入したという模範となる社員の家庭のできごと。家庭に時間を割かなかったことに問題はあるにせよ、そのような働く環境になっていることを問題とする気風はなかった。しかし、どういう訳か気がかりになる。本人も望み能力も高まるチャレンジングな仕事は人を夢中にさせる。自己実現はハイテンションになる。ブレーキをかけなくてはならないが、受注を多く抱えているとそうもいかない。それが現実。第三者や客観的に見ればとんでもない環境に見えるのだが、有能な人ほど異常とは気が付いていないもの。事業部長という立場で、働き方の改善を指示したが変化はなかった。翌年度は具体的な業務命令をだす。①プロジェクトのおわりに休暇をとらせること。②夏休み期間を7~9月に設定する。この間に土日を含む9連休をとらせる計画を提出せよ、と。売上げ減少は覚悟。結果は緩やかな変化に過ぎなかったが、働く意識は少しずつ変わり始める。人は好きな仕事で報酬を得ていればやっぱり夢中になる。だからフォローとケアだけは留意するようにした。

 今もなお似たような環境はたくさんあるが、力のある女性が増え緩やかに変化はしているようだ。大手広告会社の新人の自殺をみた今日、企業には幹部自ら改革の具体策を提示しフォロ-し、小まめなチェックを望みたい。労働基準監督署も実の上がる指導をして貰いたい。カンブリア宮殿放映SCSKが実現したというやり方、その研究もするがよい。しわ寄せもあろう。ともかく仕事と家庭、どちらを優先するではなく、家庭あっての仕事と、意識を変革しなくては、働き方改革の実現は難しかろう。スローライフに切り替える努力は、今の生活のあり方そのものを男性/女性、独身/既婚を問わず考え直すことからなのだが、できようか。

2017年1月 1日 (日)

新年のご挨拶

    明けましておめでとうございます
皆様にとって、きっと素敵な一年となりますよう こころから祈念しています
 昨年 後期高齢者の仲間入り 古希から終活に着手しその一環としてお年賀もWEB切り替えというわけ この我が儘 お許しください
学びの共同体 アクティブ・ラーニング これらを融合するがごとき牛久の学びに取り組む全ての牛久の先生を応援します  
(画像はクリックすると拡大します)

17_6 WEB年賀はホームページとこのブログにて ご覧の編集で発信 昨年の年賀状にはそのお知らせもあります 
今年 頂いた方でメールアドレスのわかっている方にはメールにて再度お詫びとお知らせをします