カテゴリー「牛久市」の記事

2016年12月22日 (木)

うしく男・女フォーラムに

 牛久第二中学校吹奏楽部・おくのウインドベルズは、8月20日のエスカードでの披露が評判を得て要請を受け、ほぼ一月先の牛久中央学習センターステージに登場・出演する。 
日時:1月21日(土曜)13時から。メインテーマは「うしく男・女フォーラム2017」とチラシにあり、「男・女」は「ひと・ひと」とルビがふってある。いいですね。「ひと・ひと」と呼べば性差なしの一体感。この時代の原点でしょう。 彼ら彼女たちの出演は13時半からPhoto
 チラシには、-世代を超えて育もう かけがえのない命と生き抜く力-<男女共同参画の視点>と副題も。奥野ですすんでいる日曜カッパ塾は、昔からつづく奥野地域の世代間の一体感を今再び表舞台に、というもの。二中吹奏楽部出身者は、少子化で、少人数になった後輩たち二中吹奏楽部の活躍する舞台を、おくのウインドベルズを編成することで、応援しようとした、と聞いている。当日、彼ら彼女たちの応援と合わせて、フォーラムを楽しまれては如何?15時半の終了。役に立つ話を聞けますよ。
 アットフォームなしらべを奏でる彼ら彼女たちの応援をかねて中央生涯学センターに行きませんか。なお、入場料は無料。多目的ホールでは、市民団体・企業・商店による展示・販売もあるとか。二中校長、市民活動課にも確認したので、みなさまにお知らせする次第。

2016年11月 3日 (木)

牛久市議会だより85号をみた

85 月初の行政区配布資料&回覧で「広報うしく」に折り込まれ、第85回牛久市議会だよりもやってきた。この本会議、9月2日の初日と最終日の23日採決を傍聴したせいか、たよりが身近になった。あの質問や意見をどうまとめるのか?・・、なかなか巧くまとめてある。市議会だよりは、この85号はもとより過去もWebにある(こちらから)。それぞれ、表表紙、本文、裏表紙の3つ分割のPDF。
 今回の表紙は小規模特認校:奥野小の運動会。写真の配置から見出しのつけ方。28年度第3回定例会の主要な議案の採りあげとその簡潔な表現。いちいち参考になる。2面は9月定例会のあらまし。3面から7面までは市政に対する議員の一般質問で議員の活動が見える。過去から統計をとってみると全議員の動きも見えるだろう。いずれやってみるか。常任委員会の視察研修報告もあるが、この傍聴も可能だろうか?市政に期待を寄せるなら、時間にゆとりが生まれれば率先して傍聴したがよい。将来のために。
牛久の議員は22名。議長を除く21名中18名が写真付きで質した市政内容の記載あり。裏表紙には、議案の審議結果と賛否が分かれた時の各議員の意思も確認できる。
この市議会だよりの発行は、広報常任委員会(議員)が編集にあたっていることもわかる。議案の採決には4種類あり。可決、否決、同意、採択。請願5号の「小規模特認校に係わる通学区域外からの児童生徒の送迎を求める請願」は賛成全員で採択とあり、実際その場にいた。次は、これがどう実現していくのか?そのプロセスに強い関心をよせて注視していく。
 次回の28年度第4回定例議会は12月2日から16日迄。「傍聴をお待ちしています」とあるからには、行ってみるといい。関心を持つとバラエティより面白い。当たり前か。

2016年5月 5日 (木)

奥野地区の人々(世帯、人口) 2

 本稿は前回(5月1日発信)のつづき。27年度末:牛久市の人口84,745人。中分類の奥野地区(旧奥野村)は5,045人で、市に占める割合わずか6%(世帯数も偶然同じ)。市の世帯・人口の前年増は、ひたち野うしく一帯によること。中根小は平成22年にひたち野うしく小を分離・誕生させたが、その後も増つづけ再び1,000人を超える。新設校のひたち野うしく小も増えている。この岡田地区(旧岡田村)には両校の他、岡田小がありこれも大規模。岡田地区が市の半分以上の57.9%を占める裏付けで比較的新しい宅地開発の成果?
 その点、奥野地区は小中学校はそれぞれ一校。しかも9学年そろって単学級になっている。それが子どもひとり一人に目の行き届く利点もがり、加えて最近、英語や自然教育で際立った特色をもつ魅力づくりに取り組み変化している。地区の住民もその一役担う。
 さて、ここで今回準備した資料を予め紹介。いずれもタイトルクリックで表示。記事に戻る際は、ブラウザの【戻る】をご利用いただきたい。
  (1)牛久市人口ピラミッド(牛久市サイトから引用ダウンロード)
  (2)奥野地域人口ピラミッド
  (3)奥野地域年齢別人口(男女分離グラフ版) A4横版2P貼り合せ
  (4)奥野地域年齢別人口(男女比較グラフ版)   同上
(2)は(1)を模し年齢階級を0~4歳のように5歳刻みにした統計値によるグラフ。国の統計も同じ。牛久市人口ピラミッドには二つのピークがある。最初のピークは、65~69歳(戦後の昭和21~25年生まれ)、次は最初のピーク世代の子ども達といわれる40~44歳(昭和51~55年)。日本全体でも同様(人口ピラミッド表示ではない数値のみの統計表)であり、ふたこぶ駱駝にたとえられる。ついでに、次表のようにピークの前後も並べてみた。さらに少子化と騒がれる最近の人口も。説明の都合上①~⑦を加えておく。

Jinkouhi_7まずは、この表は5歳階級であること。従って5分の1にすれば、1年あたりの人口となる。最大のピークは。二番目は世代の子ども世代という。②1年あたりは203万、③は195万、その前の④は178万人。それが平成の111万、106万、最直近の103万人に大幅減。以上は国のデータ(単位:万人)。同様に牛久市と奥野の一年あたり人口を算出し表にしてみた。Jinkouhi2_2あくまでもH27年度人口数を基準値にして、各世代の1年あたり人口の比率を求めたもの。傾向を読むには一応の目安とはなる。これによると⑤⑥⑦は国より牛久市が上回る。若い世代の流入と言うことか?逆に奥野は国を大きく下回る。国平均以上に少子化といえそう。
 以上は推論なので、正確な年度別の人口も見ることに。それが(3)と(4)。(3)は男女別にグラフにしてみたが、これでは男女の各年度の大小は分かり難い。そこで男女を年度毎にまとめ、生まれ年を加え棒グラフにした。いずれの表も数値のある表を並列しておいた。
 不思議な疑問点を一つ。通常:国でも牛久市でも女性の方が多いが、奥野は男性が多い。今ひとつ。小坂団地行政区の世帯数26年度(983世帯)まで若干でも増えていた、しかしH27年度は977世帯と▲6。人口は2,224人から▲67の2,157人。空き家増とは聞いてはいたが、これまでの傾向と違いすぎる。継続調査の要あり。(3)(4)は、奥野の12行政区毎のデータを市のサイトで公開している。奥野以外も同様。これら個別に見るとまたいろいろあり面白そう。
  
 

2016年5月 1日 (日)

奥野地区の人々(世帯、人口) 1

 居住して43年の小坂団地。只今2軒建築中。一軒は棟上げ完。さて、どういう家族がやってくるのか?楽しみ。小中学校に通う子どもはおられるのだろうか?
「行政区別人口*世帯数」(4月1日付)を市役所サイトから手に入れ、毎年加工資料をつくる(こちらクリック)。牛久市の統計上の行政区は76ある。これを昔の村単位(江戸時代から現在)をもとに中分類すると、牛久地域21,岡田地域43、奥野地域12。公開されている区長数63とは一致しない。統計の方が細分化されている。その中で、岡田地域の“北部”は平成26年4月1日から“ひたち野中央”と呼称変更された。同地区世帯数1,727、人口4,216人と大規模で、人口増の中心地である。
 ここでは奥野地域(旧奥野村+向原)をより詳しく見てみる。世帯数と人口を12の行政区毎に、昭和45年(1960)から平成27年(2016)迄を表にした(こちらクリックで表示)。昭和61年は市制施行の年。表中の黄色太字は、地区毎のピーク。例えば小坂団地の世帯数のピークはなんと最近の平成26年983世帯。人口では平成10年の2640人。12行政区の人口を見ると、多くは平成10年以前にピークを迎えているが、世帯数ではおおくが平成20年以降。人口は減っても世帯数は増える。核家族ということか、少子化ということか?年代別人口を見れば分かるだろう。3tiiki_kusuuhi

 奥野地域の牛久市全体に占める割合、人口は6%牛久地域36.2%、岡田地域57.9%に比べ極端に低い。その理由は統計の行政区名でも推測可。牛久、岡田、奥野3地域の宅地開発を区名で特定できればよい。宅地開発は流入人口を生む。上の表でも行政区数は大きく異なっている。奥野地域は1箇所のみ。岡田地域は大規模宅地が多く、最近の市全体の人口増はひたち野うしく一帯(ひたち野東、ひたち野、ひたち野西等)による。
 奥野12行政区を昭和45年、61年、平成10年、16年、22年、27年度別にし、45年基準にした伸び率表はこちら(クリックで表示)。同様に45年基準にし、奥野地域合計に対するそれぞれの行政区の割合も加えた表はこちら(クリックで表示) 。12行政区の世帯あたり人口を小坂団地(昭和44年1月居住開始)と,その他行政区(歴史的な地区、但し向原は太平洋戦争後の昭和21年から?)の平均とを比べるとその他行政区の方が世帯当り人数は少し多い。3世代同居もあるのか。
 これら4つの表は、見方によっていろいろ読み取れる。学習の材料になれば幸いだが・・・。この記事つづく。

2016年4月21日 (木)

牛久市の人口 旧村:牛久・岡田・奥野でみる

 私たちの牛久市の人口、27年度末現在:84,745名(男:41,908名、女:42,837名)。前年比462名増でした。人口減少の日本にあって数少ない自治体のひとつです。リタイヤ後、学校支援を始めた2,003年からこの終の棲家に関心を深め、その歴史を調べてみました。以来、年度末に牛久市の人口と世帯数の統計値(住民基本台帳はこちら、行政区別ならこちらを手にいれ資料を作成しています。奥野12行政区の動きを焦点にするので利用は「行政区別人口*世帯数」牛久市域は時代を遡ると牛久村、岡田村、奥野村になります。その変遷は「牛久市史」にありますが、引用してみるとこんな風にこちらをクリック)。昭和の合併(30年2月)によって、3つの村は稲敷郡牛久町になり、昭和61年6月1日市制施行にて牛久市なりました。今年50周年。 さて、
      4,007万  12,698万  3.2倍
      6,664    84,745  12.7倍
 
 この数字、なんだと思いますか? 正解は、上は日本の総人口、下は牛久市の人口。1列目は明治22年(政府としての統計のはじまり)、2列目は平成27年度3列目は伸び率です。日本の総人口は、平成20年1億2800万人をピークに減少に転じています。面白いのはここから。牛久市の旧3つの村を地区と置換えて中間集計してみました。最小の単位は○○行政区となります。牛久地区、岡田地区、そして奥野地区。地理的には国道6号や鉄道は牛久・岡田地区を通る街の中心地。文化財は3地区にある。ともかく3地域別の人口を見てみましょう(こちらクリック)。牛久市としては明治22年に比し12,7倍の伸びでも、牛久地区14.7倍、岡田地区24.3倍、奥野地区1.9倍。市に占める3地区を割合で見ると、牛久地区36.2%、岡田地区57.9%、奥野地区6%。あらあら!という印象ですね。でもそこが魅力。明治22年からの主な年度の人口集計でみるとまた違って見える(こちらをクリック)。明治40年までは奥野地区38.3%で一番多い。次の期間は岡田地区となり、牛久地区と移る。そして今や岡田地区がひたち野うしく地域により57.9%にもなる。何故だろう?と追究すると、この地の歴史が、また日本の産業構造や道路、鉄道、物流、また宅地開発と流入する人口に解が見えてきます。
 牛久市は「広報うしく」の4月1日号で「牛久市人口ビジョン」「牛久市まち・ひと・しごとと創生総合戦略」を発表しました(こちらクリック)。この2ページの資料、再読をお薦めします。その中でなんと約40年後、2060年の人口目標を現在と同水準の「8万4千人」としています。街中心の牛久・岡田地区に比し奥野地区は、宅地開発はただの一カ所。人口は5千人と少ないのですが、歴史ある累代つづく家々の人々と、我が流入住民の均衡がとれている資料はここらクリックの資料3)。しかも自然豊かで、世界の求める持続可能な社会に環境はピッタリ。圏央道インターも近く、都心に成田空港へとそのアクセスはちょうど良い。この地で、グローバル時代の人材が育つ。そういう夢を見ると、実に恵まれたところです。

2016年2月 5日 (金)

えっ!牛久・・学校選べる?!

 4月から市内の児童生徒は、奥野小・二中へ通学できます新入児童生徒保護者説明会がはじまり、教育総務課発行の奥野地区における取り組みについて(お知らせ)なる資料が配布された。茨城新聞1月21日の県南版には「奥野小と牛久二中は28年度『特認校制度』を試行とあり、通学区域に関係なく市内どこからでも通学を認めるとある
 牛久市は東部と西部。西部はJR駅と6号国道のある分、宅地開発地は多く、学校の生徒数や学級数は、減少をみても維持できている。ひたち野地区に至っては目下急増中で校舎をさらに増築中。一方、東部:奥野地区の宅地開発は1ヵ所。少子化の波をまともに受け、今や小中学校全学年が単学級になった。そこで教育委員会は、この奥野地区の学校の存続をはかる検討に入ったとみる。平成26年度から断片的におきていた新たなできごとに、意図的な動きを感じてはいたから・・。 今年に入り、教育の実態を知ろうと数人で二中、奥野小を訪問し多くの情報を得た。本記事「・・取り組み1」の資料はそのまとめ。取り組み内容は魅力的だったとても公立学校とは思えない奥野小と二中は、特長づくりを積み重ねてもいた。昨年11月文科省事業に選ばれてから、具体策は一気に魅力的に進む。Okuno_gakuen7125_2右表イメージ図は、その両校の26年度からこれまでに取り組んできた内容の一覧(ここをクリックで表示)
 保護者説明会で奥野小や二中に行けるようになりますよとの案内を受けても、既に、新入学や中学進学の準備をそれぞれの校区で進めておられる保護者にとっては思いがけない話。検討する間もない。入学進学先をかえますと希望する保護者は多くはおられまい。学校独自の用品の購入を済ませてしまえばなおのこと。遅すぎるお知らせだがこれは重要奥野小・牛久二中の取り組みを見逃しては、のちのち・・・。お知らせを含む説明会は今週がピーク。2月9日(火曜)9時から:奥野小、2月12日(金曜)13時~:牛久二中の学校説明会で保護者向け広報は締めくくる。市内の保護者はどちらの学校説明会にも参加できる。但し教育総務課ないし学校へご連絡を。
 この地区の住民として歓迎すべき取り組みと学校の努力を知れば知るほど、広報の一翼を勝手に進めたくなった。我が子の将来に想いをはせる保護者の気持ちは、我が子も同じで人ごとではない。少なくとも今、奥野小・牛久二中で、何がなされているかを知ることは、是非にもとおすすめする。ともかく教育総務課に問い合せて、メリット・デメリットを受けとめては、どうだろう? 新小学1年生や新中学1年生に限らず他の学年も可能か?問い合せし、相談してみないことには、はじまらない。<文責 奥野小サポーター>

2016年1月21日 (木)

奥野小・二中「特認校」へ(茨城新聞)

 今朝(2016.1.21木)の茨城新聞県南版に、上の見だしと記事をみた。「牛久市教委は、市内で児童・生徒数が最も少ない市立奥野小、牛久二中の2校について、来年度、通学区域に関係なく市内どこからでも通学を認める・・・」とつづく。
28年度は試行で、他学区からの通学は、原則保護者の送迎となる、とあるのは・・少々懸念材料だが、長く学校サポーターとして関わってきたので大歓迎である。小中9学年のすべてが単学級になったのは、確かここ2~3年のこと。放っておれば、先行きは萎むだろう。 ”二中には、やりたい部活動がない”という理由で、他校区に進んだ子もいて、憂慮していた。牛久市の東部の丘陵地帯。畑と果樹園と牧場等もあるこの緑豊かな地。大好きだ。牛久村、岡田村と合併して牛久町になる以前は奥野村。他地区に劣らない歴史がある。宅地開発を小坂団地一カ所にとどめたことが、牛久・岡田地区と決定的に違うところ。その分、流入住民は奥野地区全体の42%程度にとどまり、新旧住民のバランスがよい。
 校区を広げたから児童も生徒も集まると、考えていないのが今の市教委。26年度から準備に入ったと見る。実際に奥野小と二中の関係は、小中連携を超え、教職員の合同研修を通して、児童・生徒の9年間の学びを支える、と発展してきた。その他、昨年11月、小規模校の存続を図る文科省の事業:「少子化・人口減少に対応した活力ある学校教育事業」に応募、全国で7校指定の1校に選ばれました。その分、他校にない特長づくりに着手できます。1)国際理解教育、2)ESD教育。もちろん基礎学力の向上は前提。まずは英語力をつけ、地域の今を知り、持続する社会を展望し得る知識と知恵を持つ力を養って、世界の人々と、意見や情報の交換のできる。そんな人材を育てたい。そうした人材育成なら、市内全域に広めたい。
 奥野小と二中は隣接している。地区社協の動きは伝統の強力な支援体制にある。奥野小・二中の教職員と地区住民とが、手を携え、この新たな学校の取組みを成功させ、先行事例にすると。
 <特記>※今週の火曜(1月19日)10時半から16時迄、教育に関心の強い議員さんと二人で、二中と奥野小の授業をじっくり見させて頂いた。校長先生のお話も聞けた。いい話だったので、とりあえず資料化し、ホームページ「奥野の郷」にアップした。資料だけでは、今ひとつ理解も進みかねるだろうから、おいおいこのブログで説明する。まずはどんな資料か?こちらをクリックすると表示する。奥野は英語教育の充実で脱皮する<文責 管理人>

2015年10月 2日 (金)

新市長は新人:根本洋治氏

 3期12年の池邉市政は10月2日満了。3日から根本新市長、初登庁は5日(月曜)とある。
  9月6日の市長選告示は新人根本洋治氏63歳と諸橋太一郎氏48歳の元市議二人。諸橋候補は池邉氏の推薦を受け「現市政の継続、発展で『すみたいまちから、すみよいまちへ」、根本氏は「現市政を継承していては牛久が駄目になる。」と真逆の訴えだった。選挙期間中投函された多くの情報はネガティブなキャンペーンで、真偽を確かめようもないまま今回はすべて保存してある。
   これからの新しい市政に期待し見守る上で役立てたい。13日の投開票の結果、根本氏18,635票、諸橋氏12,755票。投票率は前回を下回る47.16%。関心が薄いのか嫌気がさしたか?
 今日の首長に求められる最も重要な資質はマネジメント力だと思う。それも企業経営者より高い。企業は顧客層(市場)を想定できるが首長はそうはいかない。年齢や貧富にかかわりなく、そこに住まう人々の一切合切を含め、行政サービスを実施する役割にある。現在継続中の政策に急ブレーキは不可だか、方針に照らしなるべく早く見直して取捨し、或いは手直して優先をつけることになるのだろう。そこへ公約を組み込む多難な舵取りのスタートとなる。市政は市財政の把握からとか。市にとって大きな問題はかつての人口増のもとであった新(流入)住民の加齢がすすみ定年を迎えていること。これはそのまま市の税収減となり、近年その減収幅は億単位だと聞く。よって政策企画の前に今後の税収見込の把握こそ重要というわけだ。
 今回、ひたち野地区への中学校新設が大きな公約だった。当面する児童・生徒数増への対応だが、他の宅地同様15~20年くらいで人口の減少をみること予想されるから、新規建設は教室に限定せず多目的利用施設等も検討するとか。また新聞情報によると市役所職員を数十人増員するという。これは財政を圧迫する固定費増になるだけにどのように進めるのか?注目の的
 前市長は(正)職員から臨時職員に置き換えても行政サービスを上げてきた。独善的、強圧的と批難される声は頻繁に聞くところだったが、自治体の経営に取り組んだ稀な市長ではなかったか。一定の成果を上げたのではないか。虚偽なのか?今一度その成果を冷静に評価するがよい。
 新市長はコミュニケーションを大切にする人物と聞く。そこで就任時に公言してもらいたいことがある。年度末における市の財政や財産等、すべての牛久市の関連諸団体も含めその財務・財産を明らかにしておき、求められれば公開すると。そうすれば少なくとも数値に関し、ネガティブなキャンペーンの元は絶てるだろう。
 市長を選ぶ行動は本来、候補者の掲げる政策で判断したいし、継続なら成果も参考にしたい。ところが今回は市政を進める手法を巡るものになったようにみえる。議会や市職員に許容し難い手法への反発がある、とも聞いている。お互い人間だから手法を大切にし応援することもありか<2015.10.2記>

2015年8月13日 (木)

牛久市政情報誌「USHIKU」

 牛久市の広報「うしく」は月初に行政区班長さんから配達。月の半ばにも宅配で届きます。昨日:12日は市政情報誌4号でした。因みに創刊号は平成25年11月、2号は26年10月、3号は27年2月、そして4号が8月の発行。タイトルは「USHIKU」ですが、それぞれサブタイトルがありそれに沿って牛久市は何をやっているか、何を目指しているか?を図解入りで説明しています。2号以降カラフルで見やすくなりました。内容は創刊号から是非市民には知っていただきたいことばかり。正直言って毎月の回覧資料の多くは魅力的とは言い難く、ついスルーしますがこの情報誌は牛久市民には大なる価値あり、是非一読をお薦めします。(創刊~4号はこちらをクリック)
20150813 左記は4号。市民とつくる新しいうしくとサブタイトルにある。市と63行政区の間に小学校校区単位に地区社協をおき、ここをを中心に一方は住民直結、一方は市と結び連携して少子高齢化社会に立ち向かう牛久をつくろうというもの。現在、牛久小校区、岡田、奥野、牛久第二、中根、向台、神谷、ひたち野うしくの8地区社協。この奥野でも数年前からそばの植付けから収穫迄の体験型活動が催されまもなく「秋そば収穫祭」を迎えます。
  創刊号は子育て教育日本一。2号は牛久が目指すスローシティって?を軸に食とエネルギーの地産地消を採り上げ、3号は男女共同参画のまちづくりがテーマ。それぞれ面白い。
 これからの地方行政は、市任せではではなく、市政協議会を通じて市と住民とがコミュニケーションを深くし、むしろ住民主導で市民が市民を支え合う成熟した社会</b>の行政のあり方をつくりあげていく、これってやり甲斐のあること。参加していきたいものの奥野の12の行政区は広い地域に点在し都市からの流入住民と歴史のある住民との交流も決して深いとはいえない。さて、どのようにしてここを乗り越えるか、わたし達の課題です。<2015.8.13記>

2015年7月27日 (月)

うしくかっぱ祭り

 毎年7月末の土曜・日曜は、うしくかっぱ祭り。小学校はマーチングバンドで、中学校は踊りパレードに参加します。各校とも準備に取りかかるのは夏休みに入る前から。暑い盛りですから給水に気を配りつつ練習を重ねる。市内13小中学校は両日にわけられ出場。地元の奥野小の出番にはいつも応援に出かけます。かつての我が子もそう</font>、<font SIZE="2">バトンだったりトランペットだった。
15072630a この日の順番は、ひたち野うしく小、牛久二小、岡田小、中根小、奥野小。前の3校は児童数多く伴奏する保護者とともに長い列になります。奥野小は5・6年、それでも少数ですが堂々としていて練習時とは違っています。授業以外で見る表情は豊かで良いですね。夏休み明けは運動会があり、いつものパソコン教室に迎えることになる。低学年ほど喜び勇んでやってくる。パソコン授業は楽しみなんですね。<2015.7.27記>

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